「ここは……ん?」
視界が戻ると、そこは廃屋と化した建物の中だった。机や椅子には埃が被り、しばらく人が住んでいないことを容易に想像させる。しかし、よく見ると一部不自然に埃のない箇所がところどころあり、床には無数の足跡があった。
ここには最近、誰かが来たようだな。しかし、自称VRMMO風の世界なら、せめて町か、村としてちゃんと機能している場所からスタートする気がするのだが……いや、よくよく考えれば、俺はそもそもヴァンパイアだ。こんな廃屋がスタート地点でもおかしくはないか。
そんなことを思いつつ、次に自分の体に視線を移す。着ているものは、見る限りに安っぽい村人風のシャツとズボンだけ。異世界から身に着けていた高性能な装備は、どこにも見当たらない。
キャラクターメイキングの時に、この服装を着た自分を見てもしかしてとは思ったが、改めて見るとかなりくるものがあるな。あの装備を手に入れるのには、いろいろと苦労したのだが……今更そんなことを考えても仕方がないか。無くなった装備はもう忘れよう。
俺は若干ため息を吐きつつも、光の差し込む壊れかけの窓から慎重に周囲の様子をうかがう。僅かに日光が体に当たるが、ヴァンパイアの真祖である俺にとって、本来弱点である日の光を受けたとしても、特に何の影響もない。
やはり、ここは見るからに廃村のようだな。周りの家も古くなって今にも崩れそうだ……ん? あれは、人か? ということは、盗賊?
廃村には、見るからに盗賊という風貌の男たちが複数人いた。
以前なら簡単に始末できた相手だが、自分の力量がどれほどかわからない現状、うかつに戦うのは危険だな。死に戻りするとは言うが、もし殺されずに捕まった場合、どうなるかは分かり切ったことだ。元男の俺としては、とてもではないが耐えられるものではない。隙を見て逃げたほうがいいな。
俺が、そう思った時だった。
「お前ら! 面白いもの見つけたぜ! おらッ! さっさと歩け!」
「グギャッ! 痛イ! 蹴ラナイデ!」
「なんだそりゃ! 喋るゴブリンなんて初めて見たぜ!」
盗賊の声がする方に視線を移すと、そこには小学生ほどの身長をした醜い緑色の魔物がいた。その魔物は縄で縛られており、よく見ると頭部には青い文字で、『白星銀河』という名前が表示されていた。それがプレイヤーネームだということを、なぜか思い出すかのように俺は唐突に理解する。
なるほど。あのゴブリンはプレイヤーか、まるでイケメン主人公のような名前だな。
「おいおい、お前の目は節穴か? よく見ろ! 異人の魔物だぜ! こいつはきっと高く売れるはずだ!」
「おお! それは良いぜ!」
どうやらこの世界の住民は、プレイヤーのことを異人と呼んでいるらしい。にしても、やはり邪神の作った世界。プレイヤーでも関係なく売り飛ばされてしまう。VRMMOでありそうなハラスメントガードや、GMコールなんてものはそもそも存在しないと思った方がいいか。
異世界に行く前、まだ俺が男子高校生だった頃、ちょうど世の中に世界初のVRMMOが発売される前だった。俺も当然興味があり、ある程度のVRMMOの知識を持っている。だが、この邪神の作ったVRMMO風世界では、あまりあてにしない方が賢明だと判断した。
悪いが、今のうちに逃げさせてもらう。困っている人を全て救うという考えは、既に異世界で捨て来たんだ。プレイヤーなら最悪死に戻りさえすれば、デスペナルティを受けたとしても逃げることは可能だろう。
そう判断した俺は、薄情にも廃村から逃げ出す準備を始める。
さて、逃げるには影魔法が便利なはずだが、この世界では使えるのか?
俺はとりあえず、影魔法で簡単な部類の魔法を行使する。
「シャドーウォーク」
できるだけ小声でそう発すると、無事に発動したのか、自分の体が地面へと沈んでいく。
おお、成功したな。だが、想像以上に制御がきつい。移動も歩く速度の半分くらいだ。
そして、少しするとその場には不自然な丸い影が残り、視界は床すれすれほどに低くなる。
やばい。なんか少し気持ちが悪くなってきた。スキルレベルが低いからか? どちらにしてもあまり時間はかけられそうにないな。
俺は突然の吐き気にそう判断すると、早速ドアの下にある僅かな隙間から外へと抜け出す。
「おいッ! ストレージにあるもの全部出せよ! おらッ!」
「ヒギィ! コ、コレガ全部デス!」
「んだよ! 異人ってもしょせんゴブリンかよ!」
俺が廃屋から出るまでの間に、縛られたゴブリンのプレイヤーの周りには、アイテムがいくつも転がっていた。どうやらストレージというアイテムを収納することのできる能力、俺のいた異世界で言うアイテムボックスのようなものが使えるらしい。
そういえば、スキルでアイテムボックス、鑑定、それと言語理解系が何故かなかったな。なるほど、そういうことか。
キャラクターメイキングの時にいくら探してもそれらがなかった理由は、元々似たようなものが使えるからだと、俺はそう判断をした。
そうしている間にも、俺はゆっくりとその場から遠ざかろうとした――その時、一瞬ゴブリンのプレイヤーと目が合う。
「ソ、ソコニモプレイヤーガイルゾ! 影ニ隠レテイル!」
「なんだと!」
「どこだ!」
くそ、気が付かれた! だが何故……プレイヤーネームか!
ゴブリンのプレイヤーを見たときに浮かび上がったものと同じように、俺の頭上にも名前が浮かび上がったのだろう。愚かにも俺はそのことを失念していた。
くそッ、油断をしすぎたか。まさかプレイヤーネームが、そんな簡単に見つかるようなものだとは思わなかった。偽装のスキルを発動すべきだったか? いや、感覚的にこの状態にそもそも偽装を施すのは無理そうだ。今のところ低レベルの影魔法では負担が大きすぎる。他にも似たような理由で霧化して距離を取るのも難しい。浮遊なんてこの二つより目立つし、真っ先に見つかっただろう。どうやら、俺は出る時を見誤ったらしい。
そう悠長にも自己分析をしていると、盗賊の男たちは俺を探し始めると即座に痺れを切らして、ゴブリンのプレイヤーに対し、八つ当たり気味に叫びだす。
「どこにいるんだ! もしかしてこいつホラこいたんじゃねえだろうな!」
「どこの影だよ! 人なんて見えねえぜ!」
「魔物の分際で!」
「ウ、嘘ジャナイ! 影ノ中! ソコノ家ノ近ク!」
まずいッ。
俺がそう思った時には、既に遅かった。
「見ろ! あそこに不自然な影があるぞ!」
「よし! お前ら見てこい!」
「おう!」
リーダーらしき盗賊がそう指示を出し、こちらに三人の盗賊がやって来る。その手にはそれぞれ剣やナイフを持っていた。
ここまで来たら、やるしかないか。
そして、囲むように俺の潜んだ影を三人の盗賊が来た瞬間。
「シャドーネイル!」
俺は影より飛びだすと同時に、両手の爪を影で鋭い刃のように伸ばすと、回転しながら周りにいる盗賊の首をほぼ同時に斬り飛ばす。三人の盗賊は突然の出来事に警戒も虚しく、あっけなく首は一瞬宙を舞い、首から下は地面へと崩れ落ちた。
「な、何者だ!」
「助ケテクレ!」
盗賊のリーダーは叫ぶようにこちらを誰何し、ゴブリンのプレイヤーは希望に満ちた声で助けを呼ぶ。
盗賊はあと四人か……あのプレイヤー、助ける価値はあるのか? だがそうだとしても、恨みを持たれて死に戻りされた後、あることないこと吹聴されるのは面倒だな。しかし、だからと言ってプレイヤーに手札を見せるのはより面倒か。
「すまないが、お前を助ける手段がこちらにはない。悪いが死に戻ってくれ」
「フ、フザケルナ! 痛インダゾ! 本当ダ! 死ニタクナイ!」
どうやら、痛覚は軽減されないらしい。邪神の作ったゲームだ。本当に痛いのだろう。だとすれば、死の痛みは相当なものだ。
「お、おい! 見ろよ! あれはすげえ上玉だぜ!」
「たまんねえ! 少しガキだが関係ねえな!」
チッ、やはりこうなったか。どこの世界でも、こういう輩は似たような台詞と気持ちの悪い視線を向けてくる。
「そこの女! こいつを殺されたくなければ抵抗するな!」
「ヒィッ! 助ケテ! 死ニタクナイ!」
盗賊のリーダーが俺に下種な視線を向けながら、ゴブリンのプレイヤーに剣を突き付けた。
どう考えたとしても、あのプレイヤーは見捨てるしかないか。というか、そもそも運が悪い。特殊スキルの豪運が仕事をしてないな。
俺がそう思った時だった。突然近くにある廃屋のドアが勢いよく開かれると、それに続くかのように銀髪赤目の美男子が姿を現す。
「何者だ!」
「オオ!」
盗賊リーダは緊張しながらも声を上げ、ゴブリンのプレイヤーは再び希望に満ちた声を出すが、即座にその希望は、あっけなく打ち砕かれる。
「思ったよりも時間がかかっちまったが、今、始まるな! 俺の冒けn……――ギャアアアッー焼けるぅ!?」
それは、一見ただの中二病を拗らせた美少年のように見えたが、日の光を浴びた途端、その体が炎へと包まれた。
「な、なんだあい――ぐばッ!?」
「エ?」
だが、そんな絶好のチャンスを逃すはなく、俺は切り離したシャドーネイルをクナイのように飛ばし、盗賊リーダーの額を突き刺す。
「なっ!?」
「お頭っ!?」
「ひいぃ!」
当然それで終わりのはずはなく、一気に俺は距離を詰めると、怯んでいる残りの盗賊をシャドーネイルで斬り裂く。
「スゲェ!」
「誰かッ! 誰か水うううううぁぁあ……」
そして、ゴブリンは歓喜し、謎の美少年は灰になった。
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