021 獣人の子供たち

 こいつは、似ている。俺と直接戦った獣人の男とそっくりだ。

 俺はその偶然に驚く。しかし、だからといってやることは変わらない。むしろ好都合とさえ思えた。

 あの獣人は強かったからな、こいつを保護しておけば役に立ちそうだ。

「俺はミカゲだ。まあ落ち着け。お前を含めて何か危害を加えるつもりはない。むしろ助けに来たんだぞ? ここの盗賊どもはもう片付けたしな」
「な!? し、信じないぞ! 人族は皆嘘つきだって、父ちゃんが言っていたんだ! 俺たちをどこかに売るつもりだろ!」

 助けに来たと説得を試みたものの、人族に不信感があるのか全くとり合う様子が無い。

 やはり簡単には信じてはくれないか。だが、それだと困るんだよな。

「よく考えろ、もし俺がお前らをここに置いていけば、飢え死には免れないし、偶然ここにいなかった盗賊が戻ってくるかもしれないんだぞ? それに、盗賊は元からお前らを売るつもりだったそうだ。それも、どこぞの変態に売ると言っていた。信じる信じないではなく、俺についてくる方が利口だと思わないか?」
「クッ……で、でも……」

 俺が諭すように獣人の子供、ベサルに問いかける。すると迷いつつもプライドが邪魔しているのか、返事が返ってこない。

 子供は理屈では難しいか。なら、押してダメなら引いてみろだな。

「お前の判断に、後ろの子たちの将来をかかっていることも忘れるなよ。残れば、確実にその子たちは不幸になる。それと、別にお前たちがここに残るといっても正直俺はそれでもかまわないんだ。子供を保護するというのはそれだけ大変だからな」
「えっ……」
 
 急に俺が突き放すような態度を示すと、ベサルは嘘だろと言わんばかりの表情をする。そこで俺は、あえて背を向けてその場から離れるような仕草をした。

「ま、待ってくれ!」
「なんだ?」

 ベサルの呼び止める声に振り返って立ち止まると、ベサルは悔しそうな顔をしながらも、言葉を捻りだす。

「た、助けてくれ! 俺はどうなってもいい! だ、だからこいつらだけでも頼む!」

 到頭、ベサルが折れて懇願を始めた。俺は心の中で笑みを浮かべると、当然のようにこう答える。

「ああ、助けよう。だが、当然こちらの指示には従ってもらうぞ? それと、少し檻の前から離れてくれ」
「あ、ありがとう! わ、わかった今離れる」

 ベサルが他の不安そうな顔を浮かべた獣人の子供を説得して、檻の前から距離をとった。そして、俺は手に入れたばかりの鉄の剣を抜くと、集中して十分に力を溜め、檻へ向かってスラッシュを放つ。それにより、檻の入り口は上下斬り飛ばされ、囚われていた子供たちを解放する。

「す、すげえ……」

 ベサルや他の獣人の子供たちも驚きと共に、どこか尊敬したような眼差しを向けてきた。

 鍵はあったが、剣技によるパフォーマンスは正解だったようだな。俺の力も少なからず理解しただろう。

「安心するのはまだ早い。檻からは出たが、お前らはその首輪で隷属させられているからな」
「あっ……そ、そうだった……」

 自由を手にしたと思われた直後に、奴隷であることを自覚させられ、子供たちの顔に陰りが出来ていく。

 これは正直賭けだが、首輪を外せるとしたらこれしかない。

「ベサルとかいったか、その首輪を外す手段はある。だが、それにはこれから行うことを受け入れてもらう必要があるが、どうする? 外すことができれば、お前も含めて皆が自由になるぞ」
「……や、やってくれ」

 数舜迷いを見せるが、やはり他の子供たちのためなのか、ベサルは覚悟を決めて受け入れた。

 受け入れてもらえれば、おそらく成功するはずだ。

 俺自身も初の試みであるため確証はないが、首輪を外す方法は他に無いと決意し、実行に移す。

「では、やるぞ」
「……ッ」

 ベサルに近づき、その首輪に触れる。俺は軽く息を吐くと、ベサルの首輪をホームに転送した。

「成功だ」
「え……まじかよ……お、俺、もう奴隷じゃない!」
「「「わぁあ!!」」」

 上手く行ったな。やはり受け入れられることが重要だったようだ。

 ベサルの首には、最早奴隷の首輪は存在しない。晴れて自由の身になった。

 物を転送する場合、所有者の意思が重要になるのがこれで確実になったな。所有者が警戒していたり、これは自分の物だと明確に意識している場合、転送は失敗するか多大な魔力が要求される。つまり、敵の持っている武器などを転送して無力化するのは不可能ということだ。

 それに実は、睡眠前に宿屋で家具などを転送できるか実験をしていた。だが家具は宿屋の物であり、明確な所有意識が働いていたためか、転移するには膨大な魔力と時間が要求されて諦めた経緯がある。ちなみに盗賊の頭は心を折ったため、問題なく奪うことができた。死亡した場合は当然所有権が失われている。

 ユニーク称号スキルでも、こういった制限はあるんだよな。そういえば、元の世界でもダンジョンが人を転送させる場合には、それなりの罠や条件が無ければ、転送されることはないんだよな。

 そのことを思い出し、俺は納得をする。しかし、称号効果向上でこれでも条件は緩和されているのだろうと考えた。

「よし、他の子供たちも首輪を外すから並んでくれ!」

 そうして、順番に獣人の子供たちに付けられてた奴隷の首輪を外していく。ベサルも含め、合計七人の子供たちが奴隷になっていた。

「あ、あんたは人族だけど、首輪も外してくれたし、少しは信じることにするよ」
「そうか。それは良かった」

 プライドが少々邪魔をしているようだが、多少は信用してくれるようだった。もちろん、他の子供たちも同様だ。

 これで、問題は無さそうだな。あとは、盗賊の頭を始末して完了だ。子供たちは先にホームへと転送するか。いや、ホームにはエレティアがいる。俺には従順だが、他の生き物に対してはどうか分からないな。

 仮に子供たちを先にホームに送って後から戻った場合、エレティアの手によって事件が発生してしまう可能性に、俺は頭を悩ませる。

 とりあえず、子供たちは一旦ここに残して、後から全員でホームに戻ることにしよう。

「お前たちはここで少し待っていてくれ。ここの奥にはお前たちを隷属していた盗賊の頭がいる。もちろん既に拘束済みだが、何があるか分からないからな」
「お、俺も行く!」

 俺がそう言うと、ベサルが着いてきたいと言葉を口にした。だが当然、連れていくわけにはいかない。

「だめだ。お前はここで他の子供たちを守っていてくれ。それに、これから俺は盗賊の頭を殺しに行く。お前にはまだ早い」
「お、俺はもう十二歳だ! それに、あいつらは俺たちの村を襲ったんだ! 人の死んだところなんてもう何度も見てる!」

 ベサルが食い下がって意見を変えない。それに加えて、他の子供たちまでついてくると言い始めた。

 困ったな。ベサルはこれで十二歳なのか。十歳程度の背丈だが……はぁ、盗賊はこいつらにとって復讐の相手なのだろうし、これで置いていったら恨まれそうだな。加えて、この場所に後から敵が来ないとも限らないか。

 子供に人を殺すところを見せるのには俺も抵抗があったが、世界が変われば前の常識が全て正解とは限らない。こいつらにとって、死は身近なものだったのだろう。敵を殺すことへの嫌悪感は無さそうだった。

 こいつらの想いを無視して置いていくことは、それこそ偽善者か。

「わかった。ついてこい。だが、後悔してもしらないからな」
「ああ、後悔なんか絶対にしない!」

 ベサルはもちろん、他の子供たちも同様のようだった。そうして、子供たちを引き連れて盗賊の頭の元へと戻ってくる。相変わらず、盗賊の頭は疑似天地で創り出した岩に閉じ込められて、身動きが取れないようだった。

 さっさと終わらせるか。

 鉄の剣を構えて疑似天地を解除すると、盗賊の頭が何か言う前に首を斬り飛ばした。地面に首が転がり、断面からは血が噴き出る。

「うっ……」

 その光景に、ベサルや子供たちは覚悟をしていたが、やはり吐き気と恐怖が込み上げてきているようだった。

 まあ当然だな。頭で思っていたことと、現実は違う。とても酷い事をした気持ちになるが、これも必要なことだったと割り切ろう。

「ここにいても仕方がない。元の部屋に一度戻るぞ」

 俺は獣人の子供たちをこの場にいさせ続ける必要はないと、元居た部屋に誘導した。


目次に戻る▶▶

ブックマーク
0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA