020 盗賊の頭

 何でこんなところに獣人の子供が……って普通に考えたら盗賊に捕まったんだろうな。

 獣人の子供たちは、檻の中ですやすやと眠っているようだった。その首には、見覚えのある首輪がされている。

 あの首輪は、確か獣人集団が付けていたものと似ているが、同一の物か?

 偶然同じものなのか、それともあの時の商人とここの盗賊が関わっていたのかは不明だが、首輪は共通のものに見えた。

 とりあえず、ここは後回しにするか。獣人の子供が目覚めて騒がれると面倒だからな。

 部屋には獣人の子供以外にも、食料や道具などが置かれているところを見るに、ここは物置なのだろう。

 価値のあるものは少なそうだが、生きてく上では役に立ちそうなものが多そうだな。

 そんなことを思いながらも、足音を立てないように部屋を後にした。

 とりあえず、残りの盗賊はあと二人か。それ以上いる可能性もあるが、残り僅かであることには違いない。盗賊の頭などは奥にいるだろうし、慎重に行こう。

 そうして分かれ道に戻ると、今度は左方向に進む。すると、やはりそこには部屋があり、この部屋のドアだけ施錠されているようだった。

 この部屋だけ施錠されているということは、おそらくここが盗賊の頭がいる部屋だろう。だがどうする? 俺に開錠技術は無い以上、破壊するしか方法は無さそうだが。

 仮にドアを破壊して侵入した場合、敵も目を覚ます可能性が高い。

 できれば、盗賊の頭には訊きたいことがあるんだよな。エレティアのこともそうだが、あの獣人の子供たちについてもだ。首輪についても気になる。

 殺さずに無力化するほうが断然難しい。だが、貴重な情報源でもある。盗賊の頭ならば、下っ端よりも役に立つ情報を持っているだろう。

 まあ、無理なら殺すしかないか。優先すべきは俺の命だしな。

 開錠できない以上、ドアは破壊するしかない。その過程で戦闘になることを覚悟した俺は、軽く深呼吸をすると、ドアを破壊して部屋へと侵入を果たす。

「な、何の音だ!?」

 当然、ドアを破壊する音でベッドで寝ていた男、おそらく盗賊の頭が慌てて飛び起きると、用心のために抱いて寝ていたであろう剣を鞘から抜き去った。

 やはり起きたか! だが!

「ぐあっ!?」

 暗い部屋の中で、俺を見つけることが出来なかった盗賊の頭の右腕を、スラッシュで斬り飛ばす。それにより盗賊の頭は持っていた剣もそのまま落とすことになる。

「死にたくなければおとなしくしろ! でなければ次は左腕を斬り飛ばすぞ!」
「ひぃ!? わ、わかった! 殺さないでくれ!」

 案外呆気なく、盗賊の頭は降参をした。その間も、右腕の付け根からはおびただしい量の出血をしている。このままだと話をする前に出血多量で死亡すると考えた俺は、救護者の称号スキルである応急手当を発動した。

「おとなしくしていろ。出血を止めてやる」
「な、なにが!?」

 すると、盗賊の頭の出血は止まり、右腕の付け根にある断面から肉が盛り上がる。

 どうやら、いくら称号効果が向上しているといっても、応急手当では部位欠損までは治せないようだな。これはいいことを知った。

 そんなことを考えつつ、俺は周囲を見渡し、他に盗賊がいないことを確認する。

 ん? 盗賊は全部で八人いるはずじゃないのか? 目の前のこいつを含めて七人しかいなかったぞ。

 その点を不審に思った俺は、盗賊の頭にそのことについて訊いてみることにした。

「おい、この洞窟には八人いると訊いたんだが、あと一人はどうした?」
「な、何で人数を……ま、まさか! ゲスゴーノたちをやったのはお前か!?」
「質問に答えろ!」
「ぐあ!?」

 俺は盗賊頭の右腕を薄くスライスすると、応急手当ですぐさま治す。それによる苦痛で盗賊の頭は悲痛の叫びを上げた。

「で、あと一人はどうした?」
「あ、あと一人はゲスゴーノたちが戻ってこないことを、南のラドールの町にいる協力者に知らせに行った。おそらく今日の午前中には戻ってくるはずだ」

 七人しかいなかったのは、一人知らせに出ているからという訳か。つまり、こいつらがここにいるのも、それを待つためか?

「なるほど、そいつが戻ってくるまで、お前らはここに留まっているという訳か」
「あ、ああ。俺たちは盗賊だが、雇われているからな。下手に動けば命令無視と判断されて消されるかもしれなかった」
「そうか、で、誰に雇われているんだ?」

 俺がそう質問すると、盗賊の頭の額にいくつもの汗が滝のように流れる。

「し、知らないんだ。ラドールの代官の教会騎士を名乗る者に雇われているが、本当は誰に雇われているのかは分からない。時々その使いから命令を下されるだけなんだ。今回は、同じ教会騎士のゲスゴーノが雇い主に紹介される形で、俺たちに儲け話を持ちかけてきただけんだ! 信じてくれ!」

 その必死さから、盗賊の頭が嘘をついているようには見えなかった。念のため、エレティアについても訊いてみるが、その情報はほとんど以前盗賊に訊いたものと大差がない。

 確かエレティアの祖父が大司教で、ザムデンとかいう枢機卿に嫁ぐ途中だったはずだ。それを考えれば、その二人が密接になるのを嫌がった第三者による妨害という線が濃厚か。

 俺はそう判断を下すと、これ以上エレティアについて新しい情報は得られないと理解して、次に獣人の子供たちについて質問をしてみる。

「獣人の子供たちがいたがあれはなんだ?」
「あ、あれは獣人の隠れ里を襲う計画があって参加したんだ。それで俺たちは金になる獣人の子供に狙いをかけて運よく手に入れただけだ! 欲しいならやる! だから見逃してくれ! そ、それに子供好きの変態に売る予定だったから、誰も手を出してない! その分価値は高いはずだ!」

 俺は盗賊の頭の言葉に吐き気がするが、獣人の隠れ里という言葉に興味を示す。

 もしかしてあの獣人集団も、 その隠れ里が襲われた結果、あのような奴隷になっていたのかもしれない。同情はするが、俺がされたことは別問題だ。であるならば、獣人の子供は役に立つかもしれない。

 子供を人質に復讐をするつもりは無いが、色々と役に立つと考えた。もしも仮にまた獣人集団に敗れそうになった時は、獣人の子供を預かっていることを仄めかして、逃げることもできるだろう。それに、俺が獣人の子供を預かっていることを知れば、必ず俺を狙ってくるはずだ。つまり、相手に逃げられることも無くなる。

 あとは流石の俺も、子供を殺すのは気が引けるしな。利用した後は孤児院なりどこかに解放しよう。偽善的だが、俺ができるのはそこまでだ。

 解放するとすれば、差別の酷そうなこの国ではなく、帝国になりそうだと思いつつも、俺は獣人の子供を預かることにした。

 そういえば、獣人の子供にされていたあの首輪が気になるな。

 あの獣人集団もしていた首輪だが、一人の獣人が商人を殺した際に首輪がしまって、千切れ落ちたことを思い出した。

「あの獣人の子供に着けられた首輪だが、どうな効果があるんだ?」
「え? あ、いや、逃亡や自殺、主人への攻撃防止、あとは主人が死亡すると道ずれで死ぬようになっている。つまり俺を殺すと獣人の子供は手に入らないぞ!」

 ん? それはおかしいな。確か獣人集団は実行犯が一人死んで、他は生きていたはずだ。こいつ、俺が知らないと思って騙しているのか。

そのことを追求してみると、盗賊の頭は顔色を変えて反論し始める。

「そ、そんなはずはない! 第二主人を設定して第一主人が死んでも奴隷が死なないように設定できるが、基本奴隷全員道ずれになる! でなければ、奴隷の一人が自らを犠牲にして脱走を企てるからだ! これは本当だ! 嘘じゃない!」

 慌て方からして嘘ではなさそうだが、ではあの獣人集団だけが特別ということか? もしかして、脱走を手引きした存在でもいるのだろうか。

 そんなことを考えるが、その答えにはたどり着けない。

 今は分からないな。それよりも、こいつを下手に始末できないのが面倒だ。だが、それについては一つ考えがある。とりあえず後は適当にいくつか質問して終わりにしよう。

 俺はその後、盗賊の頭にいくつか質問をすると、疑似天地で盗賊の頭の口元まで岩を生成して身動きを取れないようにする。盗賊の頭は驚愕しながらも、必死に鼻呼吸をしていた。

 くそ、魔力の消費が激しい。やはりホームの外の方が生成に必要な魔力が増えるのか。とりあえず、獣人の子供の首輪がどうにかなった後は、解除して始末しよう。

 俺は盗賊の頭についてはこれで問題ないと考え、お待ちかねの部屋の物色を開始する。

 さて、この部屋には色々と便利そうなものがありそうだし、回収するか。

 俺は少し高揚しながら、盗賊の頭の部屋にあるものをかたっぱしらから転送していく。手に入れた鉄の剣は、短剣の代わりに腰に差す。そして奥に行くと、少ないながらも宝石や金銭などが隠されていた。

 やはりこの盗賊たちは貧乏だったんだな。だが、これでしばらくは金について悩まなくて済みそうだ。

 そうして目ぼしい物を全て奪うと、俺は獣人の子供たちが囚われている部屋に戻った。

 この部屋は物置のようだし、さっさと転送するか。

 この部屋には、食料や道具類が置かれており、盗賊の元の人数を考えればそれなりの量があった。食料の中身は干し肉や硬いパンなどの非常食類がほとんどであり、あとは酒類が多い。道具は外套やカンテラ、縄に斧など、どこかを襲撃する時に役立ちそうなものが大半を占めていた。

 まあ、盗賊だしそんなものか。でも一応役立ちそうだし、持っていこう。

 物置となっていた部屋の物をほぼ全てホームに送ったことにより、部屋がきれいさっぱりになる。そして残されたのは、獣人の子供たちだった。流石に物音が大きかったのか、全員目を覚まして怯えた表情でこちらの様子をうかがっている。

「お、お前、誰だよ! こいつらに何かしてみろ! べガルの息子であるこのベサルが許さないぞ!」

 そう言って唯一こちらに敵意むき出しに威嚇してくる獣人の少年は、どこかで見たような白い虎の頭部をしていた。


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