018 満腹と浅い眠り

 ……もう満腹だな。

 あれからひたすら素振りをしていた俺は、夕食時になったこともあり宿屋の一階で食事をしていた。出てきた献立は、野菜のスープに肉の炒め物、それに少々固いパンである。内容はシンプルだが、量だけは多い。

 普通の二倍はあるな。だが、まさか一人前に満たない量で満腹になるとは思わなかった……。

 やはり、リップルの実で満腹になったのは、俺自身に問題があったようだ。だが、残すわけにはいかないよな。流石にもったいない。

 そう思い、俺は満腹になりながらも、食事を詰め込んでいく。するとどうしたことだろうか、食事は問題なく胃袋へと収められる。

 なんでだ? 満腹なのにどんどん食べられる。俺の体は一体どうしたんだ?

 不思議に思いながらも、俺は無事に残さず夕食を終えた。

 少量で満腹にはなるが、食べようと思えばいくらでも食べられる……便利といえば便利だが、気を付けないと栄養失調や食べ過ぎになるかもしれないな。食事には少し気を付けるか。

 そうして俺は部屋に戻ると、特にすることは無いので、再びホームへと自身を転送して素振りや、称号のスキルなどを試したりしながら時間を潰す。その後は一人宿屋に戻って就寝をする。
 
 はあ、エレティアが宿屋の部屋までついてこようとするから大変だった。

 就寝時に一人ホームに残されるのを嫌がったのか、エレティアがしつこく縋りついてきたのは少し罪悪感を覚えたが、宿屋の部屋は狭く仮にエレティアが見つかった場合、問題に発展してしまう。なので、何とか説得して今に至る。

 なんだか、ベッドで寝るのが久しぶりな気がするが、まだこの世界に来てそんな経ってはいない。そう感じるが、それだけ今が濃いってことだよな。

 ここまで面倒な事態にいくつか遭遇したが、それも今思えば良い経験になったかもしれない。もちろん、殺されかけたことは除くが。

 明日は、今日よりも稼ごう。

 最後にそう思考すると、俺は眠りにつく。そして数時間後、唐突に目覚めると、まだ外は真っ暗だった。

「まだ夜か」

 一人そう呟き、再び眠りに就こうとするが、何故か目が冴える。

 ……今日はもう起きるか。

 体感で眠ったのがおよそ夜の九時頃であり、現在は深夜の時間帯だ。睡眠時間を仮に五時間前後だと考えれば、まだ眠り足りないはずだが、まるで八時間ばっちり眠ったような爽快感がある。

 早起きしたはいいが、やることが無いんだよな。この時間は流石に受付に人はいないだろうし、外出は無理だろう……いや、俺には転送があったな。

 目印の石は現在宿屋のほかに、俺が埋められた森の付近や、獣人集団が持っている。他にも町の直ぐ近くにも実は隠していた。

 まず行くとしても、獣人集団はまだ早い。深夜だし奇襲できるかもしれないが、あいつらの中には猫科の獣人もいた。つまり夜行性のやつがいる可能性もある。なら、今行っても見つかる可能性が高いだろう。そうなると面倒くさい。

 いずれ決着はつけるつもりだが、現段階では時期尚早だった。

 ならやはり俺が埋められていた森か、町の近くに行くことになるが、ホームから直接外に出て、盗賊の残党が潜む森というのもありだな。

 現状まともな武器は無く、石刀で補い続けるのには限界がある。それに、剣というのは意外に高い可能性もあった。

 だが、盗賊の残党が既に立ち去っているか、それとも勝てないような強敵がいる場合も考えられる……いや、それは臆病過ぎか?

 俺はふと、そんなことを思う。確かに未知の異世界に来てしまったし、自分より強い者に敗れ死にかけたことは事実だ。それにエレティアの関係者に気が付かれると不味いということもある。それによって、俺はいささか慎重になり過ぎているのではないかと、そう考え始めた。

 そもそも負けたのは、自分の称号スキルを把握していなかったことや、剣だけで戦ったからに他ならない。実力を全て発揮できていれば、早々に負けることはないはずだ。それに、俺は普通よりも称号スキルで死に辛いことに加えて、ホームに逃げることもできる。

 自分の力に驕っている訳ではないが、消極的すぎるのもいけないと、俺は改めて考えた。

 虎穴に入らずんば虎子を得ず。とも言うしな。それに、このままじゃ獣人集団に復讐するのが何時になるのか分からない。最悪の場合、目印の石を処分されて追えなくなる可能性もある。

 更に思い浮かぶのは、勇者召喚された者たちや、この大陸にいる四天王という存在。

 力が無ければ奪われる。これは当然のことだ。仮にも勇者や四天王というのだから、俺より強いことは十分にあり得る。いやむしろ、弱い方がおかしい。

 勇者などには関わる気はないが、獣人集団の時のように巻き込まれる可能性は十分にあり得る。その時になって、あの時力をつけていればとは、思いたくはない。

 なら、やることは決まったな。盗賊の残党狩りだ。


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