練習場の一角にて、俺は模擬戦を行うことになった。目の前にいるのは、冒険者ギルドの教官だというガイラスという男だ。
相手も同じ木剣か、俺に合わせているのか?
そんなことを思いながら、互いに少し距離を取る。
「ミカゲとかいったな? まぁ気軽にかかってこい。ある程度使いものになればいいっていうだけだからな」
「わかりました」
ガイラスは軽く肩を回し、木剣を何度か振った。その勢いは中々に早い。
今の俺がどれだけやれるのか、少し緊張するな。
俺は軽く息を吐いて、木剣を構える。準備完了だ。
「では、準備はよさそうだね? 初め!」
そうして、ルチアーノの合図と共に模擬戦が開始された。
「まずはそっちからかかってこい。俺から攻撃するのは可哀そうだからな」
わざとなのか、それとも素なのか、ガイラスが俺を挑発してくる。
ここで心が乱されるようでは、ダメってことだろうな。だが、こちらから攻めなければ、それもそれで問題か。
俺のはそう考えた末に、ガイラスへ向けて一気に駆け出した。
「ぬぅ!?」
振り下ろされる俺の木剣に驚きながらも、簡単にそれが受けながされる。ガイラスの口元は、楽しそうに吊り上がっていた。
やはり挑発はわざとか。それに教官だということだけあって、かなり強いな。
剣士称号と称号効果向上の影響でそれなりに闘える自負があったが、それに驕ってはいけないということを理解する。
白い虎頭の男もそうだが、俺よりも強いやつはたくさんいる。だが、そういう相手と対峙したからといって、諦める訳にはいかない。
俺はもう、死ぬような目には合いたくなかった。だから、成長しなければいけない。目の前の男を見る。どのような動きをしているか、少しずつ吸収していく。
「おおッ!?」
次第に、軽くいなしていたはずのガイラスが、守りをしっかりと取り始める。俺の方が優勢になり始めた。
「お前、凄いな! じゃあ、こっちからも行くぞ!」
「――ッ」
だが、それはほんの僅かな間に過ぎなかった。ガイラスが攻撃に転じると、呆気なく形成が不利になる。
こいつ。守りよりも、断然攻撃の方が上手い!
どちらかと言えば、俺も攻撃の方が得意であり、守りは苦手だった。元の世界ではいつも一人で、守りの特訓は碌にできず、ダンジョンでは速攻で終わらせる戦いをしてきた弊害が、今ここで出てしまう。
「おらおら! さっきの威勢はどうした?」
「くそッ!」
守るのが精一杯で、俺は碌に攻撃をすることもできない。
またか、またなのか? あの人外に襲われた時もこうだった。俺は防御が下手すぎる。
「はっ、お前のそれは防御じゃねえ、身体能力にものを言わせて、強引に防いでいるだけだぜ!」
「ッ!?」
ガイラスにそう指摘されるのと同時だった。俺の木剣は宙を舞い、練習場の地面に転がっていく。
「うん。模擬戦は終了だね」
唖然としている俺をよそに、ルチアーノが終了を宣言した。
「身体能力は想像以上だったぜ。剣筋も中々よかったぞ」
「あ、ありがとうございました……」
褒められはしたものの、守りについては何も言われなかったことが、なぜか悔しく思う。だが、俺はお礼を言うだけで、それ以上何も言うことは無い。
「何この世の終わりのような顔をしているんだい? 戦闘面は文句なしの合格だよ? ガイラスとあれだけ戦える新人とかまずいないからね」
「そ、そうですか」
そうだ。模擬戦に負けたくらいで何だ。いちいち落ち込んでいる暇があったら、先に進むしかないだろう。それに、今後成長すればいいだけだ。
俺は自分にそう言い聞かせて立ち直る。
「それじゃ、俺はもう行くぜ。じゃあな!」
「また何かあったら頼むよ」
ガイラスはそう言って去っていき、俺とルチアーノが残された。
「うん。次の試験を行おうか。それには、場所を移す必要があるからついて来てくれ」
「はい」
俺はそのまま言われる通り、ルチアーノの後をついていく。練習場から再び冒険者ギルドの廊下へと入ると、少し歩いてとある個室へと通された。
狭い部屋に、ソファーとテーブル? 何の試験だ?
「そこに掛けてくれ」
俺が不思議にそう思っていると、ソファーに座るよう指示を出されたので、それに従う。
「さて、二つ目の試練だけれど、簡単だ。僕の質問にいくつか答えてくれるだけでいい。ね、簡単でしょ?」
「そうですね」
どうやら、二つ目の試験は人格診断のようなものだろうと、俺は判断した。
それなら、何とかなりそうだな。
心の中で、俺は何となく安心してしまう。
「では、まず最初の質問だ。君は神を信じるかい?」
神?
そう訊かれて思い浮かぶのは、勇者召喚の時にいたあの宙に浮いた白い球体だ。それが神とは思わないが、その上位には神のような存在がいるのだろうと、俺は考える。
あれは、人知を超えた何かだったしな。その上に神がいると言われても、驚きはない。
「……信じます」
なので、俺は信じると答えた。
「なるほど……では、次だ。君のどうしても欲しい物を、君より弱い存在が持っていた。それは世界に一つだけで、他では手に入らない。そんな物が、目の前にある。君ならどうする?」
これは、奪うと言うのは駄目なんだろうな。むしろ、それを言ってしまいそうな質問だ。
「まずは譲って貰えないか頼みます。もちろん、その人が欲しい物があるようであれば、代わりに手に入れて差し出します。それで無理なようであれば、諦めますね」
まあ、これが無難なところだろう。実際にどうしても欲しかったら、殺してでも奪い取る。それが人間の本性だと、俺は思っているが。
「なるほど。では、次だ。君が道を歩いていると――」
それから、様々な質問をされたが、概ね安易な犯罪方法に走らないかどうか。という内容がほとんどだった。
G級自体が、問題のある人物がなる階級だからだろうな。
この考えはあまり間違っていないと俺は思う。そうして、質問は続いていく。
「では、君は獣人に対してどのような考えを持っているのかな?」
獣人……俺を殺そうとして埋めたあの人外集団がそうだよな。
殺されかけて荷物を奪われた関係上、獣人に対してあまり良い感情など持ち合わせていなかった。
それに人族は全員敵とか言って、関係のない俺に襲い掛かるほど攻撃的だったな。
総合して判断すると、獣人は危険な種族に思えた。
「全てがそうだとは言いませんが、人族を見れば襲い掛かって来るような種族ですかね?」
「むッ……そ、そうかい」
ん? 何だ? 一瞬、細い目を少し開いて睨まれた気がするが。
俺の獣人への考えに、ルチアーノが僅かに睨むような反応をするが、その後何もなかったかのように質問を続ける。
「では、罪もない獣人が捕らえられ、奴隷として売られようとしている。君ならどう思うかな?」
これって、あの人外集団、いや獣人集団のことを言っているのか? 確かに、あの集団は商人の馬車で運ばれていたし、服装も貧相で首輪をされていたが、もしかして、違法奴隷とでも言いたいのだろうか。
そう思うものの、ピンポイントであの獣人集団のことを言っているとは考え辛かった。もし仮にそうだとしたら、俺にこの話をして何を求めているのかという以前に、あの状況を知っていたのにもかかわらず、殺されて埋められる俺を見捨てたということになる。
まあ、それは流石に無いか。偶然だろうな。
俺はその質問に対して、そんな風に割り切った。
「可哀そうだとは思いますが、俺には何もできません。機会があれば、手助けくらいはと思いますが、実際それでこちらに飛び火するのは怖いのですね。なので結局ただ見ているだけになると思います」
救出できるとしても、実際利益が無ければ助けないだろうがな。しかし一般的には、こういう偽善的な回答が求められる。
助けるということは、それだけの責任が発生する。しかも相手は、違法で奴隷を扱うことができるような人物。何の見返りも無しに助けるのは、俺が最も愚かだと思っていることだ。
優しさだけじゃ、食い物にされてお終いだ。
「なるほど。ふむふむ……」
俺の答えに先ほどとは違い、どこかルチアーノが満足しているように見えた。
「では、次になるが――」
それからも、何故か獣人関連の質問を多く受ける。無難にルチアーノの喜びそうな回答をしていった。
こいつ。獣人のことが好きなんだろうな。
質問から俺はそのことを強く感じとった。
「うん。質問は以上だよ。君は問題なさそうだね。合格だ。おめでとう!」
「ありがとうございます」
無事に難なく試験が終了する。
模擬戦と比較すると、第二試験は楽だったな。いや、本来は第一試験もそんなに難しく無いのか?
試験を振り返ってみると、概ね求められていることは、それなりの戦闘力と、犯罪を起こさない一般常識だけだった。
まあ、G級というのは最低ランクなわけだし、そこまで難しいわけがないか。
俺がそう一人で納得していると、何やらルチアーノが真剣な面持ちで、とある提案を持ちかけてくる。
「なあ、君が良ければなんだけど、僕の契約冒険者にならないかい?」
「へ?」
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