012 冒険者ギルド

 エレバスの町は、活気に満ち溢れている。行く人々は明るく、商売人は声高らかに客を呼び込んでいた。

 すごいな……何というか、人々の表情が明るい。未来に希望があるように感じる。

 元居た世界では、行く先々で暗い表情の人が多かった。といっても、俺の活動範囲での話であり、金持ちはそうではなかったかもしれないが。

 それと比べてしまうと、俺にはこの町が眩しく見えた。

「リップル一個30アロだよ! お兄さんも一個どうだい?」

 すると、不意に出店の店主に声をかけられる。差し出されているのは、どう見てもリンゴだった。

 リップル? ああ、この世界でのリンゴの呼び名か。それが一個30アロ。

「いや、また今度にするよ」
「そうかい、そりゃ残念だ!」

 俺は軽くやり過ごすと、この国、いや大陸の通貨について考える。

 そういえば、この大陸の通貨はアロで統一されているらしいな。

 これは、アウペロ神聖国が大陸を征したとかいうわけではなく、この大陸の守護女神であるアウペロ神が関係しているらしい。

 詳しいことは盗賊の男も知らなかったんだよな。そういうものだとしか言わなかったし。

 因みに、大陸の通貨は以下の通りとなっている。

 聖貨=1,000,000アロ

 金貨=100,000アロ

 銀貨=(大)10,000アロ
    (小)1,000アロ

 銅貨=(大)100アロ
    (小)10アロ

 屑貨=1アロ

 銀貨と銅貨はそれぞれ大小が存在しており、基本的にこの四種類を一般人は使う。屑貨は貧民が使うもので信用度が低く、一般の店では拒否される場合が多い。また金貨や聖貨は、商人や貴族、それに連なる者が使うとのことだ。

 それを考えると、リンゴ、いやリップルは安く感じた。

 リップルの木から採取した実を売っても、二束三文で買い叩かれそうだな。それなら、自分で消費したほうがいいか。それに売るほど大量には木を維持できないし。
 
 そうして、俺は大通りを抜けていく。しばらく進むと、衛兵の男に教えてもらった通りの看板が見えてくる。

 盾に二本の剣が交差した看板……ここが冒険者ギルドか。

 それは二階建ての立派な建物であり、入り口は大きな両開きのドアが開いている。そこには武具を装備した者たちが頻繁に出入りをしていた。

 さて、行くか。この町に入るときも苦労したが、登録するのにも何かあるかもしれないし、警戒していこう。

 軽く深呼吸をすると、俺は冒険者ギルドに足を踏み入れた。

 ここが、冒険者ギルドか。

 まず目の前に入ってくるのは、一列に並んだ多くのカウンター。そして、そのカウンター前面空間は、一階と二階が一部吹き抜けになっている。その吹き抜けの周りは廊下のようになっており、そこで飲食を楽しんだり会話をしている集団が手すり越しに確認できた。

 凄いな。

 あまりの開放的な空間に、俺は感銘を受ける。次に一階の部分を観察すると、一階の半分は二階のような飲食や会話をするスペースとなっており、もう半分には壁にいくつもの紙が貼られていた。

 あの壁に貼られているのはなんだ? いや、もしかして依頼票か? この世界だと、こんなにも依頼票が多いのか。

 元居た世界にも探索者組合という国営企業があり、俺はそこに所属していた。そこには、ダンジョンで取れる特定の素材を求めて、個人や零細企業が依頼票を出していることがある。因みに、それ以上の企業は専属の探索者を雇うのが基本だった。

 となると、この世界では依頼票が基本になるわけか。

 俺がそんなことを考えていると、突っ立ているのが邪魔だと言わんばかりに、軽く押しのけられてしまった。

 ッとと、流石に邪魔になったか。これじゃあお上りさんだな。そろそろ、ここに来た本来の目的を果たすとしよう。

 ここに来たのは観光が目的ではない。冒険者登録をするためだった。なので、俺は目の前のカウンターの中で、一番空いている場所へと並ぶ。当然というべきか、混雑しているのはどれも美人な女性が受付をしているところばかりだった。俺の並んでいる列を受け持っているのは、どこか飄々とした糸目のおっさんである。

「やあ、いらっしゃい。何か御用かな?」
「冒険者登録をお願いしたいのですが」
「身分証はあるかい?」
「ありません」
「ふむ……」

 俺の言葉に受付の男は懐疑的な視線を向けてくる。

 まあ、怪しいよな。身分証無しの登録は、浮浪者か何か問題を抱えている者が大半らしいし。

 ほんの数十秒だったが、受付の男が俺の観察を終えると、何事もなかったかのように口を開く。

「うん。それじゃあ、G級冒険者登録をしようか。身分証が無い人は、F級からではなくG級からなんだ。そのことを理解してくれ。それと、過去の登録歴が無いか調べるために、血を一滴貰うよ」

 そういって手慣れた作業で目の前に小さな鉄の板と、針を渡される。特に断る理由は無いので、俺はそれに従って血を差し出した。受付の男はそれを受け取ると、他の職員に指示を出してそれを渡す。

「それじゃあ次に、試験を二つ受けてもらうよ。これは、身分証の無い人を選別するためのものだ。試験に合格できなければ、申し訳ないが登録することはできないからね。最初の試練だけれど、練習場で模擬戦をしてもらうよ。ついて来てくれ」

 受付の男はそういうと、他の職員に受付を任せて俺を誘導し始める。

「こっちだ」
「はい」

 後をついていくと、カウンターが並ぶ列の一番端には、奥へと続く廊下があり、そこを進むと練習場のある外へと出た。

「ガイラス。今は空いてるかい?」
「ん? なんだ、ルチアーノか。空いてはいるが……模擬戦か?」
「ああ、G級登録のね」
「G級……了解した」

 ガイラスと呼ばれた筋骨隆々の男に声をかけた受付の男、もといルチアーノが、俺の模擬戦相手として頼み込み、ガイラスがそれを了承する。つまり、俺の模擬戦相手はこの男ということだ。

 以前の俺なら、おそらく勝てなかっただろう。だが、今はそれなりにやれる気がする。だからといって、模擬戦で勝つ必要も無いが。これは要するに確認だ。俺に戦闘ができるかどうかの。

 しかし、それで勝てる試合に勝たない。という訳にもいかないと、俺は考える。力をいくつか隠すのは決定事項だが、直接的な戦闘能力を隠す気はない。下手に隠して試験を突破しても、その力に見合った対応しかしてもらえないだろう。

 いずれ戦闘面では目立つ結果を残すことになるんだ。早いに越したことは無い。
 
 将来的には北のガザード帝国に行くことになる。そこで金を稼ぐには、どのみち活躍する必要があった。

 それに、今はできるだけ早く金銭を稼ぎたいしな。

 無一文故に、いくら稼げるかは死活問題だ。旅費も溜めなければならない。なので、ここで戦闘能力を出し惜しみする気はなかった。

「それじゃあ、えっと、君名前は? ちなみに僕はルチアーノ」
「……ミカゲです」

 どこか気の抜けた言い方に、俺は思わずこの試験に対する想いが少しだけ薄れた。

「じゃあミカゲ君、今からこのガイラスと模擬戦をしてもらうよ。彼はこのギルドで教官をしていてね。主に低級冒険者の相手をしているんだ。けれど、実力は確かだから気を付けてね。武器はそこに置いてある箱の中から選んでくれ」
「分かりました」

 ルチアーノに言われた通り、俺は壁の近くに置いてあった箱の中から、武器を選ぶ。練習用なのか全て木製であり、俺が選ぶのは当然木刀……と言いたいところだが、無かったので木剣にする。

「よし、選んだようだね。それじゃあ、頑張ってくれ」


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