「エレティア・レイマーズ。お前にルドライナ枢機卿に嫁がれると面倒なんだ。俺の出世のためにも死んでくれるよな?」
突然現れた騎士風の男はそう言って剣を抜くが、先に動いた者がいた。
「あ“あ“ぁああ!!」
「なっ!? ぐべぇ!?」
信じられない速度で加速したエレティアが、騎士風の男の首をすれ違いざまに捩じり曲げ、騎士風の男を絶命させる。
「ひぃいい!?」
「ゲスゴーノさんが一瞬で⁉」
「に、逃げ……あがッ!?」
盗賊のような男たちも目の前の惨状に声を上げ、逃げ出そうとする者も現れたが、それを許さないとばかりにエレティアが逃走を図った男も同様に首をねじり曲げた。当然、男に息は無い。
な、何だよこれ……。
俺は何が起きているのか正しく判断ができず、ただその場で立ち尽くしていた。
「そ、そこの人! 助けてくれ! こ、殺され――ッ!」
盗賊のような男の一人がようやく俺の存在に気が付いたかと思えば、藁にもすがるように助けを求めてくる。だが、それも虚しくエレティアによって首をねじ折られてしまう。
「いやだいやだいやだ! 死にたくねぇ!」
そして最後の一人は逃げることを諦めたのか、その場で尻もちをついて泣き叫ぶ。そこに、エレティアが目を向けた。
まずい、このままだと全員殺される。
「待て! そいつを殺すな!」
「――ッ!?」
俺は咄嗟にエレティアに命令を下した。すると、まるで金縛りにあったかのように、男の首を掴もうとした手がぎりぎりのところで止まる。
「へ? た、助かったのか? ひぃっ!?」
男は一瞬呆けたように安堵をしたが、目の前に迫っている手を見て悲鳴を上げながら後ずさった。
「悪いが、助けたわけじゃない。死にたくなければ質問に答えろ」
俺は騎士風の男が持っていた剣を拾うと、生き残りである男の目の前に剣先を向けて睨みつける。
「わ、分かった! 分かったから殺さないでくれ! 武器も捨てる!」
男は持っていた短剣を鞘事放り投げて両手を上げた。
はぁ、突然の出来事に驚いたが、いい方向に転がったな……にしても、エレティアがこれほど強いとは思わなかったのだが……俺はよく馬乗り状態から抜け出せたものだ。支配契約で何らかの影響を与えたのか、それとも別の要因か。とりあえず、今はそのことよりも目の前の男だな。
とりあえずエレティアのことは後回しにして、男に気になっていることを尋ねることにした。
「まず、お前らは何者だ? 何が目的で他に仲間はいるのか?」
無難に最初の質問を男に投げかけると、命がかかっているからか、男はすんなりと口を割る。
「お、俺たちは見ての通り盗賊だ。そこで死んでいるゲスゴーノに雇われた。 なんでもそこの嬢ちゃんに嫁がれると都合が悪いらしい。それと、仲間はあと八人ここから十五分歩いた先の洞窟にいる……これでいいか?」
男は仲間がいるであろう洞窟の方を指さして俺にもういいかと許しを請う。だが、俺の質問がこれで済むはずはない。
「確か騎士風の男……ゲスゴーノだったか、ルドライナ枢機卿に嫁がれると面倒だとか言っていたな。そのルドライナ枢機卿とはどのような人物だ? それと、そこで固まっているエレティアについて知っていることを詳しく説明してくれ」
俺がそのような質問をすると、男は一瞬何を言っているんだ? と言った風の表情をしたが、ポツポツと質問に答えていく。
「ルドライナ枢機卿はこの国、アウペロ神聖国の枢機卿で、ルドライナ枢機卿領を治めている人物だ。年齢はそれなりに高いらしいが、そこの嬢ちゃんの祖父であるレイマーズ大司教が繋がりを得るために娘を差し出したらしい。だが、それを気に食わない派閥がいて、今回枢機卿の元へ向かう途中で護衛隊長であるゲスゴーノが裏切った形なのだと、ゲスゴーノからは報酬の自慢交じりで聞いていた」
……なるほど。エレティアは中々にハードな状況だったらしい。おっさん、下手すれば老人の嫁に出され、その道中では裏切られて死亡し、こうしてゾンビになったかと思えば俺に支配されてしまった。若干同情と罪悪感がするが、どうしようもない。不幸中の幸いなのは、服装がそこまで乱れていないことから、そういった乱暴は受けていないと予想できることだろうか。
俺はエレティアに対してそう思うと同時に、男の言う枢機卿領という言葉に違和感を覚えた。そのことについて訊いてみれば、どうやらこの国では位の高い聖職者が領土を治めるらしい。神聖国という名称からも分かる通り、教皇を頂点にして国が成り立っているとのこと。
「次に質問だが、勇者や勇者召喚について何か知っているか?」
勇者について興味は薄かったが、知っておかなければ後々面倒だと思い、尋ねてみる。
「ゆ、勇者? 三百年前に現れてこの大陸を平和に導いたとかいうやつか? 巷では近いうちに勇者召喚が行われるという噂で持ちきりらしいが」
やはりと言うべきか、俺が現状ここにいるということを考えれば、その勇者召喚は今頃終わっている可能性が高い。
「その勇者召喚はどこで行われるんだ? あと勇者召喚は何を目的としている?」
これが一番重要だ。場合によっては俺の今後に大きくかかわることになる。
「噂では、聖都アウペロの大聖堂で召喚されるらしい。三百年前も召喚はそこだったと言われているしな。目的はやはり北の大山脈の奥にいる四天王だろう。この大陸は三百年前の聖女様のおかげで結界に覆われているが、依然として魔族の脅威に晒されているわけだし……なぁ、何故こんな誰でも知っているようなことを訊くんだ?」
色々と有益な情報を手に入れたが、それは常識的なことだったらしい。現状に慣れてきた男から疑問に思われたようだ。
「黙れ、お前は質問に答えればいい。俺が命を握っていることを忘れるな。それにおかしなことをすれば、俺だけではなくこいつも動くことになる」
「ひ、ひぃ!?」
現在俺の横には、先ほどまで固まっていたエレティアがいる。俺の命令に従い待機しているが、その瞳は男から離すことは無い。ゾンビになっても恨みは消えないようだ。いや、恨んでいるからこそゾンビになったのかもしれない。
「では、次の質問だ――」
それから俺は様々な質問を男に投げかけた。その多くが一般常識だったようで、男は不思議に思っているようだったが、再び問いかけてくるような真似はしない。そうして、現状思いつく限りの質問を終える。
「さて、質問は以上だ」
「そ、それじゃあ、俺はもう行ってもいいか?」
ようやく解放されるのかと男は安堵の表情を浮かべた。だが、それも束の間。
「ああ、もう逝っていいぞ。エレティア、送ってやれ」
「へッ――?」
その瞬間、男の首はエレティアの手によって首をねじ折られた。
「見逃すわけには……いかないよな」
無抵抗で有益な情報をもたらした点を考えれば、男を解放してもいいのではないかと、感情ではそう思ってしまう。だが、理性では見逃した結果仲間を呼ばれ、また面倒な者へと情報が渡ってしまうことを恐れた。
現状、余計な面倒を増やす訳にはいかない。これは必要な事だ。
自分にそう言い聞かせて、俺は息を吐く。心は思ったより乱れてはいない。
偶然とはいえ、必要な情報はある程度集まった。であれば、目標も立てやすい。
「エレティア、復讐はある程度済んだか? 他にも盗賊はいるようだが、それは諦めてくれ。今の状況だと接触は避けたい」
「あーぅ」
どうやら構わないようだ。なんとなく、そんな気がする。
男の言葉が真実であれば盗賊はあと八人いるらしいが、その中に強者がいた場合勝てるとは限らない。また逃走されればそれこそ、口封じに情報を喋った男を始末した意味が無くなってしまう。
さて、男から訊いた話によれば、このアウペロ神聖国から見て東にシャルーア共和国があり、北東にクレイン王国、そして北にはガザード帝国があるらしい。その中で俺が選んだのは北のガザード帝国だ。そこを目指すことにした。
理由は北東のクレイン王国に向かう途中にはアウペロ神聖国の聖都があり、面倒そうなので避け、東のシャルーア共和国は商業が盛んで金が物を言うらしく、金持ちに偏見のある俺と相性が悪そうだった。故に向かうのは消去法で北のガザード帝国になる。
はぁ、これまでは寝て、起きて、ダンジョンに行って、寝て、起きてと、変わり映えのしない日々だったのにな。これからは、悪い意味で刺激的な日々になりそうだ。
俺は今後起こるかもしれない事象に対して億劫になりながらも、北に向かう準備を始めた。
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