≪ゾンビシスター『エレティア・レイマーズ』に支配契約を実行致しますか?≫
実際に声が聞こえたわけじゃない。けれども、それは確かに俺の脳内に浮かび上がっていた。
何だこれは? 支配契約? 訳が分からないが……。
突然のことに混乱してしまうが、この選択を早急に下す必要があることは本能的に理解していた。
いったいどういう理屈かは分からないが、状況からして実行した方が良い気がするな。
支配契約という名称からして、おおよそのどのようなものか予想が付く。つまり、対象を隷属するということだろう。
このゾンビ少女、いやゾンビシスターであるエレティア・レイマーズという少女には悪いが、今は少しでも手札が多い方がいい。
俺はそう判断すると、支配契約を実行することにした。すると、その途端自身の鳩尾あたりが赤く光ったかと思えば、エレティアという少女の全身を赤い光が包み込んだ。
これが支配契約か……。
無事に成功したのかエレティアから赤い光が収まり、何やら繋がりのようなものを感じた。それは仲間というものであり、悪く言えば配下という印象だ。
「あ? あー?」
支配契約が完了した影響か、エレティアも目を覚ます。俺は思わず身構えた。
襲ってくる様子は……無さそうだな。
「悪いが支配契約させてもらった。これからは俺のために働いてもらう。問題が無ければ右手を上げてくれ」
「あぅー」
これは試しであったが、エレティアは問題なく右手を上げた。言葉を理解したのか、それとも本能的に命令は従うようになっているのかは不明だが。
「よし、下げていいぞ」
「うぅー?」
エレティアは命令を聞いて右手を下げた。声にも先ほどと違い攻撃的ではないため、俺は問題は無さそうだと一安心する。
とりあえず、危機的状況を脱した上に味方が増えたということでいいんだよな? しかし、支配契約とはなんだ? 俺の持っている称号は探索者、 救護者、そして剣士の三つだけなのだが。
そんな風に思考を悩ませるが、ふとそういえば勇者召喚の時にスキルを与えられたことを思い出した。
確か一つは稀人で、もう一つは自動的に選ばれるんだったか……もしかして支配契約がそうなのか? それと勇者召喚で今更思い出したが、あの場にいた連中は俺と違う場所に飛ばされたのだろうな。周囲には誰もいなかったし。
俺は召喚された他の者について一瞬思い出すが、特に興味が無かったので直ぐに思考の外へと放り投げ、再びスキルについて考え始める。
スキルか……スキルと言えば称号スキルなのだが、なんとなく違う気がするんだよな。スキルは称号に内包されているもののはずだし、だとすれば普通称号を与えると言うはずだ。
俺はそのことに違和感を覚え、なんとなく称号の確認を行った。称号の確認は思い浮かべるだけで脳内に投影される。
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◆ノーマル称号◆
【探索者】
身体能力向上 飲水 着火 暗視
___あなたはダンジョンに入り初めてモンスターを倒したことで認められた。
探索者は始まりの称号。ダンジョンの先へ進むかはあなた次第だ。___
【救護者】
応急手当 清潔化 解毒 気付け
___あなたはダンジョンで毒に侵された探索者を複数人救護した。
傷つく人を見捨てられないあなたにこの称号を与えよう。___
【剣士】
剣適性 スラッシュ 技量向上 敏捷向上
___あなたは剣を使い多くのモンスターを屠った。
その剣筋は鋭さを増し、より強大な敵を相手にできるだろう。___
【異世界人】
言語理解 環境適応 病原菌適応 身体能力向上
___あなたは異なる世界に迷い込んでしまった。
生き抜くためには様々な状況に適応することが必要だ。___
【称号獲得の恩恵を失った者】
称号獲得不可 称号効果向上 称号確認 称号適用
___あなたは完全に元の世界から離れてしまったため、称号獲得の恩恵を失ってしまった。
今後称号を獲得できなくなった代わりに、既存の称号効果が向上した。
またこれまで通り称号スキルを問題なく使用することができるだろう。___
◆ユニーク称号◆
【ダンジョン転移に巻き込まれた者】
転送/召喚 異空間生成/編集 擬似天地創造 支配契約 核生命
___あなたは不運にもダンジョン転移にピンポイントで巻き込まれてしまった。
それにより異空間に放り出されたあなたの生存は絶望的だったが、奇跡的に生還した。
ダンジョン核の影響を強く受けたあなたは、その恩恵としてダンジョンの力をある程度手に入れた。___
【勇者召喚に巻き込まれた者】
対魔物/対邪悪 即死無効 状態異常耐性 成長率向上 限界突破
___あなたはどういう訳か異世界の勇者召喚に巻き込まれてしまった。
それによりあなたは異空間から脱出して異世界へと転送された。
巻き込まれた者ではあるが、あなたは勇者の力をある程度手に入れた。___
【奇跡の運に導かれし者】
幸運の導き 直感 生存率向上 致死回避 虫の知らせ
___あなたは度重なる奇跡に導かれて無事に生還を果たした。
それによりあなたは並大抵の不運では破滅しない。
あなたを破滅に追いやれる存在がいるとすれば、その者もまた運命に導かれし者だろう。___
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「は?」
俺はその場で固まった。
な、何が起きている? なぜこんなに称号が増えているんだ!? そ、それに、ユニーク称号は現代では取得され尽くしていて、手に入れられる者は限りなくゼロに近いと言われてるはずだ……それが、三つも……訳が分からない。
俺にとってはそれほど衝撃的な事だった。称号は内包されているスキルと共に取得理由やコメントのようなものが添えられていることもあり、どのような経緯から手に入れたのか理解はしている。
取得できたってことは、このユニーク称号を手に入れたのは俺が初めてということだよな? そんなに凄いことだったのか? あまりにも実感がなさすぎるのだが……。
ノーマル称号は条件を満たせば誰でも取得可能ではあるが、ユニーク称号の場合誰かが一度でも取得すれば二度と誰かが取得することはできない。それはたとえ、所有者が死亡した場合でもだ。つまり、ユニーク称号は一度きりの早い者勝ちだということになる。
ユニーク称号はノーマル称号と比べて強力なものが多い。だからこそ所持者が老衰で完全に戦えなくなる前に、欲をかいた国が世界の主導国の座を狙って戦争を起こした訳だが、こうもあっさり手に入ってしまうとな……。
ダンジョン発生によるモンスター大氾濫による世界的大打撃。それに追い打ちを加えた戦争。その後の復興の中で生まれた身からすれば、ユニーク称号はそれだけ危険なものでもあった。
それが早朝素振りしていただけで運悪く、いや運よくトントン拍子だったからな……はぁ、だとしても、なんとか受け入れるしかないか。今考えたところで仕方が無い。
俺は何とも言えない気持ちに振り回されつつも、考えても仕方がないと現状を受け入れることにした。
目の前のエレティアを支配契約できたのも、ユニーク称号のスキルだったようだな……ん? だとすれば、自動的に選ばれたスキルとはなんだったんだ? それに、稀人というスキルも無いぞ?
俺はそのことに気が付き、頭を悩ませる。
もしかしなくても、称号スキルとスキルは別物なのか?
ふとそう考えついた俺は、もしかしてと称号のようにスキルを確認できないか思い浮かべてみた。すると、予想通りそれは脳内に現れる。
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【所持スキル】
・稀人
〈効果〉
自身のあらゆる成長率を微上昇する。
自身の身体能力を上昇させ、力加減を調整することも可能になる。
魔法適正を得る。それにより魔法の習得を可能とする。
・魔力生産工場
〈効果〉
毎秒自身の魔力最大値の1%を生産する。
自身の魔力最大値の十倍までストックを可能とする。
一日に一度だけ魔力の生産量を一時間毎秒10%にすることが可能になる。
自身の生産した魔力を他者へと譲渡することができる。
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おお、これがスキルか……表示の仕方や説明は違うが、概ね称号と似たような感じか。それと、どうやら自動的に選ばれたスキルは魔力生産工場というものらしいが、詳しいことは今後理解することにしよう。今は情報が多すぎるしな。
俺は手に入れたスキルについて確認をすると、現状全てを理解することは不可能だと割り切り、脳内に浮かんでいた情報を引き下げた。
さてと……そういえば、噛まれたんだったな。
そのことについて今更思い出し、俺は若干鈍い痛みが走る右肩を治療することにした。
こういう時、救護者の称号は便利だよな。まずは清潔化だ。
救護者の称号スキルを発動すると、身体全体が一瞬光りに包まれ、まるで風呂上がりのような爽快感と共に、身体や衣服の汚れが全て消え去る。
「まじか、これもパワーアップしてるのか」
飲水のスキルの時と同様に効果が向上していることに、俺は思わず声に出して驚いてしまう。
いや、確か称号獲得の恩恵を失った者という称号スキルに、称号効果向上というものがあったな。もしかしてそれが原因か。だとすれば凄い効果だ。
そう原因について突き止めると、納得して次に解毒を発動させ、最後に応急手当のスキルを行使して治療を施す。応急手当は軽い擦り傷や打撲などを数分で治すスキルのはずが、一瞬の間に完治してしまった。
「はは、もう笑うしかないな」
俺は空笑いをすると、ふとエレティアも薄汚れており、胸元に至っては血痕が酷かったことを思い出す。
「なあ、立ってこっちに来てくれないか?」
「あー?」
エレティアが言葉に反応して立ち上がったその時――唐突に森の奥から眩い光と、何かが近づいてくる物音を複数感じた。
なんだ? またゾンビか? いや、ゾンビなんて言う生易しいものではなさそうだな……。
「あ? ようやく見つけたぞ! やはり生きていたじゃねえか! てめえらホラ吹きやがったな!」
「ひぃ!? すいやせん! 確かに死んでいたんですよ! まさか生きているとは思わなくて!」
「うそだろ……見たときはナイフがぶっすりだったはずだ……」
「あれで死んでいないとか、それこそ何の冗談だ?」
そう言ってエレティアを睨みつけながら現れたのは、騎士風の男一人に、薄汚れた盗賊のような男三人だった。
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