034 幸せなひと時

 並行世界で白羽を殺すことができないまま、黒栖は元の世界にある学校の屋上に戻ってきてしまった。

 身体からはタイムリミットを過ぎたことによるペナルティなのか、覚醒エネルギーが多く失われてる。それに伴って疲労感が襲い、肉体的にも、そして精神的にも参ってしまう。

「黒栖君!」
「し、白羽……ごめん。約束、守れなかった」

 心配そうに近寄って来る白羽に対して、黒栖は申し訳なさそうに謝った。しかし、そんなことは関係ないと、白羽が優しく黒栖を抱きしめる。

「大丈夫だよ。私は、こうして黒栖君が無事に戻って来てくれるだけでうれしいの。だから、そんなに思いつめないで」
「……すまない」

 優しく包み込んでくれる白羽のやさしさに、黒栖は甘えた。並行世界で殺せなかった白羽のことを思い出すと、目の前の白羽が同じことになってしまったらと、つい考えてしまうのだ。

 白羽を失いたくないという気持ちと、自らがいなくなった後の病んだ白羽にさせたくないという気持ちが膨れ上がる。

 それだけに、あの時殺すことができなかった自分が情けなかった。

 幸い、タイムリミットで失ったのは覚醒エネルギーだけであり、まだまだ余力もある。次こそは、同じことにならないようにしなければと、黒栖は決意した。

 そうして、しばらく白羽のぬくもりを感じた後、この日は平行世界に行ったということもあり、屋上での練習をそのまま切れ上げ、町へと繰り出す。追撃者チェイサーで人のいない路地を見つけると、白羽と共に転移した。

 ◆

 気持ちが若干楽になった黒栖は、白羽と並んで町を歩く。その時、白羽は彼女ですとアピールするかのように、黒栖の腕に自分の腕を絡めて、その大きな胸を押し当てる。

「チッ……」
「何であんなやつが……」
「イケメンリア充爆発しろ……」

 すると、周囲から恨めしむ視線と言葉が呟かれていた。だが、そんなことを二人は気にしない。むしろ、白羽はその状況を喜んでいる節すらある。

「黒栖君、そろそろお昼も近いし、どこかで食べていかない?」
「ああ、そうだな」

 時刻はちょうどお昼時だった。並行世界で色々あったこともあり、黒栖も空腹を覚える。

 そのまま白羽に誘われるがまま、近くのファミレスに入店した。

「いらっしゃいませー! 二名様でよろしいでしょうか?」
「はい」
「ではこちらの席にどうぞー」

 店員に誘導されて、二人は窓際の席に座る。こんな安い店で良かったのかと黒栖は一瞬思ってしまうが、白羽が幸せそうだったので、気にしないことにした。

「ふふ、こういうファミレスに来ると、学生のカップルって感じがするね!」
「そうかもしれないな」

 嬉しそうな白羽の言葉に、黒栖もなんだか乗せられてしまう。何時終わってもおかしくない幸せな時間。自分の少しのミスで、全てを失ってしまう。だからこそ失わないために、並行世界で白羽を殺さなければならない。

 白羽との幸せな時間を守るために、並行世界の白羽を殺す。その矛盾した考えに苦しまされるが、同じような失敗をしないためにも、今度こそ覚悟を決めなければならなかった。

「黒栖君何にする?」
「そうだな。これにしよう」

 ささやかな幸せな時間。二人はファミレスで昼食を摂ると、店を後にした。が、それを見つめる人影がある。

「あれって狭間と天橋さんだよな? 今屋上にいるはず・・・・・・・じゃ?」
「まじかよ……おい、貴島君から連絡だ。行くぞ」

 それは、旺斗の取り巻きの二人だった。何やらスマホで連絡を受けると、ファミレスから出ていく黒栖と白羽に合わせるように動き出す。そのことを、黒栖たちは気が付いていなかった。というよりも、興味が無い。並行世界で精神的にまいっていたこともあり、弱すぎる小物を察知することができなかった。

 そして、等の黒栖と白羽はというと、二人でショッピングを楽しんでいる。

「黒栖君はこういう服も似合うと思うよ」
「そうかな?」
「うん! それに、いつも似たような服だし、たまにはおしゃれしないとね!」

 黒栖はいつも白か黒の服しか着ておらず、ズボンに至ってはジーンズだけだ。それを知った白羽は、これから一緒に暮らすということもあり、黒栖に似合いそうな服をどんどん選んでいく。

 それから、二人は店をいくつか回り、手荷物がいっぱいになる。故に黒栖は、白羽の家に帰宅することを打診するが、やはりそれを引っ込めることにした。

「そろそろ帰る……いや、もう少しだけ遊んでいくか」
「うん!」

 この時間をもう少し味わいたかったということもあるが、どこか白羽も満足していない気がしたからだ。

「じゃあ、少し待っていてくれ」

 流石に手荷物がいっぱいでは面倒なため、そう白羽に断って一度路地裏に移動すると、手荷物を白羽の自宅へと転送する。これは、追撃者チェイサーと空間魔法の応用だ。人を転移させるよりも消費が少ない。

 そうして、手荷物が無くなった黒栖が路地裏から出てくると、白羽と共に次の目的地へと向かった。

「一度、黒栖君と来てみたかったんだ」
「俺、歌なんて歌えないが」

 二人がやってきたのは、どこにでもある普通のカラオケ店。小さな薄暗い個室にやってくると、白羽は楽しそうにタッチパネルを操作し始める。

「大丈夫。歌は上手い下手じゃないよ」
「いや、そもそも俺、歌自体ほとんど聴いたことが無いんだ」
「えっ……」

 黒栖には記憶が無い。常識的な知識はある程度もっているとはいえ、歌を含めて音楽に対しては全くの無知だった。そもそも、黒栖の自宅にはテレビやパソコンは無く、スマートフォンすら持っていない。現代の若者としては異質と言っても過言ではなかった。

「ご、ごめんなさい……」
「いや、構わない。それよりも、俺は白羽の歌が聴いてみたいな」

 黒栖は本当に気にしていない。それよりも、白羽に罪悪感を覚えさせてしまった方が心配だった。故に、それを誤魔化すように歌が聴きたいとお願いしたのだ。しかし実際、白羽の歌が聴きたかったのも事実だった。

「う、うん。私歌うね!」
「ああ、歌ってくれ」

 そうして、楽しい時間は流れていく。白羽の歌声は、素人である黒栖が聴いても心地が良く、とても上手いと思った。その優れた見た目もあり、クラスメイト達がよく好きだと語っていたアイドルというのは、白羽のような人物を指すのではないかと、黒栖は知識が無いながらにそう思う。

「どうだった?」
「とても上手かったよ」
「ふふ、ありがとう」

 そんなやり取りをしつつ、二時間ほどカラオケで過ごした。黒栖は終始聴き役に徹したが、時間が経つのはあっという間に感じている。こんな日が毎日続けばとつい考えてしまうが、そのことはあえて考えないように、頭の隅へと追いやった。

「次はどこに行こうか?」
「白羽の行きたいところなら、どこでも付き合うよ」
「本当に?」
「……ああ、ただし、常識の範囲内で頼む」
「むむぅ」

 なんだか嫌な予感がした黒栖は、そう白羽に切り返す。案の定予感が的中したのか、白羽は唸るように頬を膨らませた。

「ははっ」
「ふふっ」

 それが何だか可笑しく思った黒栖は、珍しく笑い声を上げる。それを見た白羽もつられて笑ってしまう。とても幸せなひと時だった。そう、幸せなひと時。しかしそれは、永遠ではない。

「ッ!?」
「どうしたの?」
「来るッ!」

 黒栖がそう言った瞬間、世界が隔離される。

「うそ……でしょ」
「くッ」

 二人の目の前に現れたのは当然、デスハザードだった。だが、それはいつもとは違う。

「「俺の名はデスハザード、お前の彼女ヒロインを殺す者だ!」」

 現れたデスハザードは一人ではなく、二人だった。


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