033 タイムリミット

「――ッ、はぁ、はぁ……」

 気がつけばデスハザードは、この並行世界に来る前にいた場所、学校の屋上にいた。隔離世界にいる以上、周囲に人の気配は存在しない。

「無理だ……俺には、できない……」

 そう言葉を口にして、頭を抱えるデスハザードは、どうしたものかと思考する。とてもではないが、あの状態の白羽を殺せそうにはなかった。

 分かってはいる。分かってはいるのだ。殺さなければいけないという事を。しかし、デスハザードの身体は、思ったようには動かない。想像以上にその心を、深くえぐられてしまったからだ。また並行世界とはいえ、自分の子を宿しているかもしれないというのも、理由の一つだった。

「どうすれば……どうすればいい」

 それに答える者は当然いるはずもなく、デスハザードは途方に暮れる。時間は少しずつ過ぎていく。タイムリミットが迫る。いままでは、タイムリミットなど気にしてもいなかった。というのも、その時間を使い切る事など、ありえないと思える程、時間に余裕があったからだ。

 しかしそれも今回ばかりは、余りにも短く感じてしまう。一分一秒が、あっという間に過ぎてしまうのだ。殺さなければいけない。自分の世界の白羽の為にも。

 そうデスハザードは自分に言い聞かせるが、それも無駄に終わる。並行世界の自分を殺してほしいと、白羽に言われ約束したのにもかかわらず、どうすることもできないのだ。

 無限に続くような思考の渦。どうして自分にはできないのだろうかと、自身を情けなく思ってしまう。他の並行世界から来たデスハザードの中には、白羽を躊躇わず殺せる者もいた。あの時いたデスハザードは、どうしてそれができたのか、デスハザードには不思議でならない。

 だが、それを今思ったところで現状は変わるはずもなく、ただ時を無駄に過ごすだけだった。しかしそんな時、その人物はデスハザードの目の前にやってくる。

「見つけたよ、やっぱり・・・・ここにいたんだね!」
「!?」

 それは当然、この世界の白羽だった。何故この場所が分かったのか、デスハザードには全く分からない。だがそんな事よりも、やらなければいけない事は一つだけ。そう、こうして相手からやって来たのならば、やらなければならない。

「え?」
「――くそッ……」

 白羽に放たれた手刀は心臓を捉え、あと僅かでその命を刈り取ると思われたが、その直前で止まってしまう。デスハザードは、ここまできて白羽を殺せなかった。

「もう聞いてよ。屋上の鍵って探すの大変だったんだよ? それに、ここまで走って来たんだから。お腹の子に何かあったらどうしようって思ったけれど、黒栖君にどうしても会いたかったから、少しだけ我慢してもらったんだよ?」

 しかしそれに対して、並行世界の白羽はまるでそんな事は無かったと言わんばかりに、この場所まで来た経緯を楽しそうに話し始める。自宅で狂ったように叫んだ事など、嘘のようだった。

「くッ――」
「逃がさないよ?」
「なにッ!?」

 思わず再び転移して逃げようとしたデスハザードだが、白羽が抱き着いてそれを阻止する。こんな事で転移を妨害されるなど、デスハザードとしても知らない事だった。

「ねえ黒栖君、これからはずっと一緒だよね? また一緒に暮らそう? それで二人で学校に行って、帰りは一緒にお買い物。そして夜は同じベッドで眠るの。それから、お腹の子が生まれたら、三人で暮らして、住んでいる場所も少し広いところに引っ越すの。それからね――」
「もうやめてくれ!」
「え?」

 白羽が幸せそうに話す未来図にデスハザードは、恐怖に似た何かを感じ取り、その精神はとてもではないが耐えられそうにはない。故にどうにか白羽を引き剥がして距離を取ると、デスハザードは白羽に向けてこう言い放つ。

「俺はお前の黒栖じゃない! 関係ないんだ!」
「ま、待って黒栖く――」

 そしてデスハザードは、再び転移してその場から逃げ出した。今度は見つからないように、白羽とは全く関係のないビルの一室へと。

「……」

 見慣れないビルの室内に転移してくると、デスハザードは何も言葉を口にせず、部屋にあるソファに腰を掛けて、溜息だけを吐く。結局、白羽を殺す事ができなかった事が、デスハザードの心を締め付ける。

 幸せそうに未来を語る白羽を、どうして殺せるだろうかと、デスハザードは思ってしまうのだ。今まで一回でも並行世界の白羽を殺していれば、踏ん切りがついたのだろうかと、頭を抱える。一度も殺さずに白羽と親しくなり、そして愛してしまった事が、今回並行世界の白羽を殺せなかった最大の要因だった。

 だが、それは今更どうする事も出来ない。過行く時の中で、後悔だけが募っていく。タイムリミットがもう目の前に来ていると、そう理解はしているが、もうデスハザードには何も考えられそうになかった。

 そうして、タイムリミットが過ぎ、デスハザードは到頭白羽を殺せないまま、元の世界に戻る。タイムリミットを過ぎた事による罰則がどのようなものか、この時デスハザードは知るよしもなかった。


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