032 壊れた世界

 黒栖がデスハザードとして、並行世界に姿を現す。周囲を見渡すと、どうやらその場所は白羽の自宅のようだった。

「ん?」

 しかしそこで、デスハザードは何とも言えない違和感を覚える。いや、違和感と言うよりも、確実におかしかった。白羽の自宅には、見覚えのないゆりかごや、赤子用の玩具、そして赤子用の衣服などが置いてある。それを見たデスハザードは、思わず息を呑んでしまった。

「黒栖君!」
「ッ!?」

 そんな時、部屋の外から幽鬼ゆうきごとく、白羽が気配を感じさせずに現れる。黒栖の名を呼んではいるが、その視線はしっかりとデスハザードをとらえている。

「会いたかった! ねえ聞いて、私たちの赤ちゃんが生まれるんだよ? 一緒に名前を考えよう?」
「な、何が……」

 デスハザードはその言い表せない恐怖に、思わず後退ってしまう。そのような事を口にする白羽は、どう見ても妊娠をしているようには見えない。腹部の大きさはいつも通りであり、可能性を考えるのであれば、そこに命が宿ったばかりか、それとも白羽の想像妊娠だと思われた。

「黒栖君、どうしたの?」
「く、くるなッ! 俺はデスハザード! お前を殺す者だぞッ!」
「? 何を言っているの? 黒栖君は黒栖君だよ?」
「ぐッ……」

 デスハザードがそう言って白羽をおどすが、白羽は少しも躊躇ためらう事をせず、最後にはデスハザードに抱きつき、愛おしそうにその背を撫でる。

「会いたかった。本当に……会いたかったんだよ?」
「あ、あいつはどこにいる? どこかに隠れているのだろう?」
「え?」

 デスハザードは、もしかしたら白羽を囮にした作戦ではないのかと、この世界にいる黒栖の気配を探るが、その存在を見つける事ができない。このような事は、いままで一度としてなかった。
 そして同時に、この世界の白羽を殺すなら今しかないと右手を振り上げるが、デスハザードは一思いにそれを振り下ろす事ができない。

「あいつ? そんな人・・・はもういないよ? だって黒栖君はここに・・・いるもの」
「白羽……」

 デスハザードは、それを聞いて理解してしまう。並行世界の白羽は既に狂っているのだと。デスハザードの言ったあいつ・・・という言葉を理解してもなお、デスハザードの事を黒栖と言っているのだ。その瞳はどこか光を失っているように見え、赤く染まった頬と相まる事で、デスハザードは不気味を通り越して恐怖を覚えてしまう。

「ねえ、そんな事・・・・よりも、これから生まれてくるこの子の名前を一緒に考えよう? 私は男の子がいいな。もちろん女の子も欲しいけど……そうだ、私がもう一人産めばいいんだよ。黒栖君、一緒に頑張ろうね!」

 そこまで聞き及んだところで、デスハザードはある事に気がつく、もしかしたら既に、この世界の黒栖はいないのではないかと。故に、デスハザードはそれを白羽に確認してしまった。

「もしかして、この世界の黒栖は死んだのか?」
「――ない」
「ん?」
「――死んでない。黒栖君は死んでない。だって黒栖君は目の前にいるもの。死んでないの。黒栖君が死ぬはずないわ。だって約束したから、やくそく……したの。そう、約束したのに……黒栖君が……けど……この子が……死ぬ何てありえない。黒栖君が死ぬはずない。死ぬはずない。死なない、死んでない。なんでそんな事。ありえない。黒栖君はここに……本物? 偽物? でもそんなの関係ない。本当に? でも黒栖君は死んでない――」

 まるで壊れた人形のように、白羽は永遠と似たような事を喋り続ける。

「お、おい! 落ち着け!」
「い、いやッ!」
「!?」

 思わずデスハザードが落ち着かせようと声をかけるが、それを拒否するように並行世界白羽がデスハザードを突き飛ばすようにして距離を取った。

「あっ……ちが……これは違うの……でも、これは……黒栖君が、黒栖君だけど、黒栖君じゃなくて、でも黒栖君は黒栖君で、わた、私は、そんなつもりじゃ、つもりじゃあぁ、ぁああああッ――」
「ッ――」

 到頭並行世界の白羽は頭を抱えて、狂ったように叫びはじめる。それを見て、デスハザードも精神的な限界が訪れ、その場から逃げるように転移した。


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