031 技の開発

次元の略奪者ディメンションスナッチ

 黒栖はその言葉と共に右手を前方に振るうと、能力が発動しておよそ五メートル離れた場所にあるもの、クマのぬいぐるみが一瞬にして黒栖の右手に収まる。

「わっ、すごい!」
「そうか?」
「うん!」

 それを間近で見た白羽は、思わず大絶賛をした。今まで戦闘や緊張した雰囲気の中でしか、黒栖の力を見ることがなかった故に、その凄さを改めて白羽は実感したのだ。そもそも本来ならば、このような非現実を目の当たりにする自体、ありえない事である。
 しかしそれに対して、黒栖は両手に収まるクマのぬいぐるみを元の位置に転移させると、どうしたものかと考え始めた。

「どうしたの?」
「いや、俺の技はカウンターばかりで、攻撃方法が少ないと思ってな」
「そうなの?」
「ああ」

 実際黒栖の技は、部分転移を利用したカウンターや、新しく覚えた次元の略奪者ディメンションスナッチなど、自ら攻撃を仕掛けるものではない。
 唯一の攻撃手段と言えば、能力の一つである下位殺しレッサーキラーだけだった。

 故に黒栖は、何か新しく攻撃手段を身につけようと、そう考えていたのである。黒栖の所持している能力といえば、高い身体能力を除いた場合、下位殺しレッサーキラー追撃者チェイサー、そして時空魔法の三つだ。それに加え、部分転移を利用したカウンターや、次元の略奪者ディメンションスナッチ、それに学校の屋上に展開している鏡空間ミラージュルームなど、その全てが時空魔法からの派生技だった。つまり黒栖は、時空魔法に重点を置いている。

 しかしそんな重点を置いている時空魔法だが、問題が一つだけあった。それは、その能力のリソースの大部分を、異世界転移と隔離空間に使用しており、尚且つそれは黒栖自身で制御できるものでもない。故に今までは、時空魔法という大層な名称の割に、部分転移や追撃者チェイサーとの併用などにしか使用できなかったのである。

 そう考えると、時空魔法から新しい技を開発し続ければ、いずれ限界が来てしまうと思われるが、実はそれも、少し前までの話しだった。

 どす黒い長剣によって、黒栖の内に眠る閉ざされた扉の鎖がいくつか解けたことにより、時空魔法の異世界転移と、隔離空間に黒栖からも干渉できるようになったのだ。その結果、その二つを直接使用することはできないものの、そこから派生能力を生み出す事や、使用されているリソースがいくらか緩和されたのである。

 しかし、内に眠る扉の鎖がいくか解けたといっても、それは時空魔法限定だった。どうやら、内に眠る扉は下位殺しレッサーキラー追撃者チェイサーにもあり、そう都合よくそちらもとはいかない。だが、それでも時空魔法に関していえば、自由度が増したのは事実であり、新たな技を問題なく開発できるという訳だった。

「白羽、あのぬいぐるみに大きな傷がついてしまうが、構わないか?」
「うん、もちろん構わないよ」
「助かる」

 黒栖は白羽から許可を得ると、右手を手刀の形にして構える。そして、覚醒エネルギーを巡らせながら、時空魔法と下位殺しレッサーキラーを併用して、新たな技をクマのぬいぐるみに向けて、勢いよく発動させた。

時空切断ディメンションカッター!」

 その瞬間、五メートル離れたクマのぬいぐるみの首と胴体が、真っ二つに分離する。

「す、すごいっ!」

 まるで居合切りのような光景に、白羽はついそう呟いてしまう。だが、当の黒栖は、この現状に納得していないようだった。

「これではだめだ、まだ直接殴った方が強い」

 黒栖は溜息交じりにそう言葉にする。下位殺しレッサーキラーは少々特殊であり、他の能力と併用した場合には威力が極端に落ちてしまう。仮に内に眠る扉の鎖がいくつか解かれていなければ、そもそも発動しなかったと、黒栖はそう確信した。

 そして、黒栖はそういえばどす黒い長剣は、下位殺しレッサーキラーと近い存在だと言い残していた事を思い出す。つまりこの能力は、神が何らかの形で干渉しているという事であり、それ故なのか、黒栖の能力でありつつも制限が大きかった。覚醒エネルギーを使用しても、唯一能力が向上しないのもそれが原因だと考えられる。

「黒栖君、少し休憩しよう。根を詰め過ぎてもよくないよ」
「……そうだな」
「うん。はい、お茶」
「ありがとう」
「どういたしまして」

 白羽に水筒からお茶を貰いつつ、黒栖は一息ついた。しかし、新たな試練がいつ来るかもわからない状況では、黒栖の焦りが無くなることはない。直ぐにでも再開しようと、水筒のコップを戻した時、それは起こった。

「っ!? くそっ、忘れていた」
「黒栖君、どうしたの?」

 突然慌ててそう口にする黒栖に、白羽は思わず問い掛ける。

「どうやら呼ばれているようだ。それも、並行世界に」
「黒栖君……」

 それを聞いて、白羽は黒栖の手を握ると、向かい合って黒栖の瞳を見つめた。

「黒栖君、並行世界の私を殺して」
「白羽……」

 白羽の言葉に、黒栖は戸惑ってしまう。だが、それでも白羽は、黒栖にそう言わなければいけなかった。

「何があっても、躊躇ためらわないで。私は、並行世界の私よりも、黒栖君の方が大事なの。だから、黒栖君もそうであってほしい。それが原因で黒栖君が死んでしまったら、私はどうしていいかわからない。だから、並行世界の私を殺してほしいの」
「……わかった」

 白羽の想いに、黒栖はそう返事をする。今まで一度として、黒栖は並行世界の白羽を手にかけた事がない。一度目は自殺をされ、二度目は別のデスハザードが手を下している。だが、三度目もそう都合よくいくとは限らない。いや、確実にそうなるはずがないと、黒栖は確信をする。故に今度こそはと、黒栖も覚悟を決めた。

「黒栖君。死なないでね。私は黒栖君がいなくなったら、きっとどうにかなってしまうから」
「ああ、わかった。俺も白羽の為に、躊躇わないと誓うよ」
「約束だよ」
「ああ」

 そうして、最後に黒栖と白羽は唇を交わすと、デスハザードとして、黒栖は並行世界に転移するのだった。

 しかし、この時黒栖は知らなかったのだ。これこそが、試練の始まりだったのだと。


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