030 幸せの温もり

「な、何を突然言っているんだ!?」

 白羽の言葉に、黒栖は思わずそう言葉を返す。しかし、それに対して白羽は一歩も引く気はない。

「私は本気だよ? だってね、記憶を思い出した事で、今がどれだけ幸せな時間なのか気がついたの。だから、その幸せを少しでたくさん感じたい。だめ……かな?」
「っ――わ、わかった」

 そこまで言われて、黒栖も拒否する事ができなかった。それに加えて、黒栖も白羽にそう提案された瞬間、心のどこかで共に同じベッドで眠りたいと思っていたのも事実だ。故に、黒栖の緊張は頂点に達しそうになっていた。

「本当に?」
「ああ」
「うれしい、ありがとう」

 そう言って微笑む白羽の顔を見ていると、黒栖の顔は次第に赤くなっていく。それを本人は全く気がついていない。だが、それは当然白羽には見えている訳で、白羽の心の中では、そんな珍しい黒栖の赤面を見れた事によって、幸せ成分が満たされていた。そうして、二人はその後も他愛無い会話を続け、到頭その時はやってくる。

「なんだか緊張するね」
「あ、ああ」

 白羽が先にベッドに入ると、顔を赤らめてそんな事を言うものだから、黒栖は益々緊張してしまう。そして次に、黒栖がベッドに入った。

「……」
「……」

 その直後、二人は思わず無言になってしまう。だが、その沈黙を白羽が破る。

「ねえ、腕枕してほしいな」
「わ、わかった」
「ありがとう」
「ああ」

 突然の要望に黒栖は一瞬戸惑うが、言われた通り右腕を白羽に差し出す。そして、黒栖の腕を枕にした白羽は、そのまま黒栖に体を密着させた。自然と、その体温が黒栖に伝わる。

「黒栖君……どうする?」
「なにがだ?」
「ふふ、なんでもないよ」
「そ、そうか」
「うん」

 何に対してのどうするなのか、黒栖はその質問に対して素でそのように答えた。それが白羽にはおかしかったのか、ついそう言ってしまう。

「黒栖君の鈍感」
「え?」

 続けて発せられた白羽の言葉に、黒栖は何故そう言われたのか理解できずに戸惑うのだった。
 そうして、それ以上何も起こらず、夜は更けていく。以外にも二人は緊張していたのにもかかわらず、そのまま眠りにつくことができていた。一日の疲労と、一緒にいるという安心感がそうさせたのかもしれない。

「本当に、何も起きなかったね」
「ん? ああ、同じ日に試練は来ないと思っていたから、別に不思議ではないな」
「むぅっ」
「ど、どうしたッ?」
「別にっ!」

 突然白羽の機嫌が悪くなったので、黒栖は慌ててそう問いかけるが、白羽は頬を膨らませてそっぽを向く。

「何か俺が悪い事をしたのか? だとしたら謝る」
「はぁ、黒栖君って、そういう人だよね。けど、私はそんな純真な黒栖君だから、きっと安心して眠る事だができたんだろうけど……」

 白羽は溜息交じりにそう言って、黒栖を許す。と言っても、黒栖自身はどうして白羽の機嫌が悪くなったのか、最後まで気がつく事は無かった。

「黒栖君、今日はどうしようか?」 

 それから何事もなく朝食を摂った後、今日はどうするのかと、白羽が黒栖にそう話しかける。

「そうだな、俺としては今後の事を考えて、少し技の練習がしたい」
「あ、そうだね……」

 黒栖の言葉に、白羽はつい落ち込んでしまう。というのも、白羽は自分のせいで、黒栖が新しい能力を手にできなかった事に対して、それなりに責任を感じていた。

「気にするな、あれは偶然だ。白羽のせいじゃない」
「けど、私は結局何もできないし……」

 そう、あの時能力を獲得できる球体を吸収する事で、記憶を取り戻した事はよかったものの、白羽自身は、何の能力も得てはいないのだ。

「それに、逆に考えれば白羽のおかげで、神に関する情報を得たと言っても過言ではない。おそらく、これは他の並行世界には無いアドバンテージだと思う」
「そうかな……」
「ああ、だから白羽は何も心配しなくてもいい」
「うん、ありがとう」
「ああ」

 そうしてこの日は、黒栖が技を練習するために、日曜日という事もあって人の少ない場所、学校の屋上に行く事にした。もちろん転移で移動するので、屋上の鍵などを心配する必要もなく、また、黒栖には人に見られないだけの秘策もある。故に問題はなかった。

「さて、行くか」
「うん」

 準備を終えると、白羽は黒栖の手を取り、共に学校の屋上へと転移する。

「よし、誰もいないようだな。鏡空間ミラージュルーム

 黒栖がそう言葉を発した瞬間、学校の屋上は外界から遮断され、他者からは黒栖と白羽の姿を確認する事はできなくなった。

「黒栖君、これって……」
「ああ、隔離空間の応用だ」

 そう、これは本来、デスハザードがやってきたときなどに発動される時空魔法の一つ、隔離空間を応用したものだ。

「なんだか綺麗だね」
「そうか?」
「うん」

 この鏡空間ミラージュルームは内側から見ると、所々に虹色の線が常に移動し続けている。それが、白羽には幻想的に見えたのだ。

「だが、この技は周囲から見えなくなるだけだから、こういう時しか使いどころがないけどな。それに、あまり広すぎると燃費も悪い」
「そうなんだ」

 デスハザードの時には、自動で隔離空間が発動される事からも、この技は使いどころが悪かった。しかし今回のように、限られた広さの場所で技の練習をする際にはもってこいの技でもある。

「さて、そろそろ練習を始めるか。白羽も手伝ってくれ」
「うん!」

 そうして黒栖は、学校の屋上で技の練習を始めるのだった。


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