「てめぇ、俺から逃げられると思っている訳じゃないだろうな? 俺はお前を絶対に許さねえ。例え逃げ続けたとしても、お前を追い続けてやる」
ゴタロウが校庭に辿り着くと、額に青筋を浮かべながら、黒栖にそう言い放つ。
「そうか、だがもう逃げないから安心しろ」
それに対して、黒栖は至って冷静だった。勝てるという確証がある訳ではないが、その心の内は、白羽と交わした約束、自分自身で決めたゴタロウと向き合うという、強い意志があったからだ。
「あ? お前諦めたのか? まあ、どっちにしろ、俺のやる事には変りねえけどな……フレアボムッ!」
ゴタロウは不意打ちの如く、言葉の途中で攻撃を仕掛ける。放たれた火の玉、フレアボムが黒栖に迫った。それを黒栖は、咄嗟に下位殺しで斬り払う。
「ぐっ!?」
しかしその直後、二つに分かれたフレアボムが、肥大化と共に爆発して、黒栖を後方へと吹き飛ばす。幸いにも速度重視の魔法だった為か、黒栖にとって致命傷には至らない。
「ヒャハッ、間抜けな野郎だぜ! オラッ! 追加だ!」
弾幕のように、フレアボムが黒栖目がけて飛んでくる。だが、追い打ちが来るだろうと予想していた黒栖は、最小限の転移で回避し続ける。爆発するフレアボムが、無数のクレーターを校庭の地面に作りだした。
「お前はそれしかできないのか?」
「あ゛あ゛?」
挑発するようにそう言うと、ゴタロウは反応を示し、僅かにだが隙を生じさせる。黒栖はそれに合わせてゴタロウの目の前に転移すると、同時に自身の右腕から手刀を繰りだした。
「なっ!?」
だが、ゴタロウは驚異の身体能力を発揮し、反応が遅れたのにもかかわらず、その手刀をどす黒い長剣で受け止めたのだ。更に、問題はそれだけでは無く、黒栖の下位殺しを受けてもなお、そのどす黒い長剣は刃こぼれ一つしていない。
本来ならば、黒栖の下位殺しは例え異世界の聖剣であろうとも、破壊する事ができる。それだけの性能を有していた。だが、それは下位殺しという能力よりも、その対象が格下という事に限定されている。
つまり、少なくともゴタロウの持つどす黒い長剣は、黒栖の下位殺しと同等か、それ以上の格があるという事だった。
「何をそんなに驚いているんだ? まさか今ので勝った気になっていたんじゃないだろうな!」
「くッ」
そのまま力で押し返された黒栖は、転移で距離を取る。どうやら身体能力という面では、黒栖よりもゴタロウの方が上のようだった。それに加え、火の魔法に、あのどす黒い長剣。黒栖にとって、厄介極まりない相手だった。
「なんだ、期待外れじゃねえか、もっと強いのかと警戒していたんだがな!」
ゴタロウは呆れたようにそう言って、黒栖に斬り込む。その剣技は研ぎ澄まされており、高い身体能力と合わさった事で卓越していた。
黒栖はそれに対して、追撃者と時空魔法で回避し、直撃を免れないものは下位殺し受け流す。黒栖は完全に後手に回っていた。
だがそれも、仕方のない事だ。まず前提として、戦闘能力が近い両者だが、決定的に違う個所があった。それは、戦闘スタイル。黒栖は基本的に相手の隙を突いて敵を倒す、一撃必殺の暗殺者。それに比べ、ゴタロウは正面から敵を剣技と火の魔法で倒す、魔法剣士だ。
つまり、近接戦闘の方では黒栖が不利だった。不意を狙うにしても、ゴタロウは何らかの感知能力を持っており、うまく接近できたとしても、先ほどのように身体能力にものをいわせて、簡単に防がれてしまう。
だとすれば、以前デスハザードと戦ったの時のように、部分転移を使用したカウンターをするべきかと黒栖は思考する。一度経験した今の自分ならば、現在の割振った能力値でも、両手で円を形作る事によって、その場所に一時的に部分転移のカウンターを生み出す事ができるはずだと。
しかし、そこまで考えたところで、黒栖はあのどす黒い長剣から放つ雰囲気に、不吉な予感を覚える。
理屈では言い表せない、直感的なものだ。部分転移のカウンターをすり抜けて、そのまま黒栖を穿つ姿を思わず、脳内で幻視してしまう。
「ちょろちょろと逃げてんじゃねえッ! フレイムバースト!」
「ぐッ!?」
決め手について思考している間に、逃げ続ける黒栖に痺れを切らしたのか、ゴタロウは自身を中心に、半円形をした火の波動を瞬間的に展開させた。それによって黒栖はその身を一瞬焼かれる。
「隙だらけだぜッ!」
当然ゴタロウはその隙を見逃さない。どす黒い長剣が、黒栖に狙い定めた。だが、黒栖も簡単にはやられる訳にはいかない。嫌な予感がしつつも、ゴタロウの攻撃に合わせて、部分転移のカウンターを発動させる。
そして、両手で作り出した円の間を、どす黒い長剣が貫いた。
「ぐふッ……」
鋭い剣先が身体を穿ち、吐血を吐く。
「ヒャハハッ! ざまあみやがれッ!」
ゴタロウの高揚した笑い声が周囲に響き渡る。どす黒い長剣に貫かれたのは、ゴタロウでは無く、黒栖の方だった。
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