「あの女の子はいないんだね」
「っああ、あいつは金で雇っただけだ」
入って早々の言葉に、黒栖は慌ててそう答えた。しかし、それが誤解を招く結果となる。
「え……お金で作った関係……?」
「い、いや、違うぞ! 何か勘違いをしている!」
「勘違いって……でも、抱き合ってキスしていたし」
「ぐっ!?」
黒栖は痛いところを突かれてしまう。
だが、このままでは益々勘違いされ、不味い方向へと行ってしまうと判断した黒栖は、白羽の両肩を掴み、その瞳を見つめると、真剣な口調で話し始める。
「どうか聞いてくれ、全ては愚かな俺が起こした事だ。けど、これだけは知ってほしい、何よりも優先した事は、白羽の安全なんだ」
「……え?」
黒栖の言葉に白羽は、即座に要領を得ることができない。
しかし、両肩を掴まれ、真剣な様子で、自分を何よりも優先したという言葉に、白羽は少々惚けてしまう。
そもそも、黒栖を完全に見限っていれば、この場所に来てはいない。
それに対し、内容が全く伝わらなかったと判断した黒栖は、僅かに焦りながらも、事の顛末を白羽に伝え始める。
偶然姫紀を助けた事、それによってつきまとわれ、仕方が無くカフェに行ったり、通行人と衝突しそうになったのを引き寄せたら、抱きしめたと勘違いされた事などを、黒栖は順を追って白羽に説明した。
その時点で、白羽は気に入らなかったのか、微妙に頬を膨らませて嫉妬しているようにも見える。
だが、ここからが本題だと、黒栖は気合を入れ直す。
そして、そこから黒栖の愚かな閃きがあり、デスハザードの危険から白羽を引き剥がす為、行動に移した。
自分と離れていれば、デスハザードがやってこないかもしれないという、そんな短絡的な考えに至ったのだと、そう白羽に説明しだす。
更に、白羽に嫌われることによって、彼女から外す事ができるのではないか、というそんな予想も黒栖にはあったが、結局最後はそれを自ら台無しにして、白羽を追いかけてしまった。
その事を全て話し終えると、黒栖は白羽の肩を掴んだ両手を離し、緊張した面持ちで、白羽の反応を待つ。
そして、ゆっくりと、白羽の口が開かれた。
「黒栖君って、一人でなんでも決めちゃうのね」
「すまない」
「いいえ、許さないわ」
「――っ」
白羽の言葉に、黒栖は想像を絶する衝撃を受ける。だが、次の言葉で、それが覆された。
「だからね、私を強く抱きしめて」
「え?」
そう言って両手を前に出す白羽。黒栖は一瞬だが戸惑う。しかし、聖母のようなやさしい笑みを浮かべる白羽に、自然と黒栖の身体は吸い込まれていく。
「私一人だけが安全な場所にいるなんて、そんな事は許せないの。戦う事は出来ないけれど、それでも、あなたの心の支えにはなりたい。だから、私を置いて行かないで」
「白羽、俺は……」
黒栖は、自分の過ちに気がついた。
自分一人で何でもできると思い込んでいたのだ。白羽は守るべき存在。例え嫌われようとも、白羽が無事ならばそれでいいと。
だが、それではいけなかった。知らないうちに、黒栖の心は擦り減っていたのだ。
人のぬくもりを改めて感じ、黒栖は自然と涙を零す。一時は無くしてしまいそうだったそれに、今度は逃してなるものかと、抱きしめる力が強くなる。
「もう他の女の子のところに行っちゃだめだからね。私だけを見ていて」
「ああ」
黒栖には自分がいなければだめだなと、白羽は心の底からそう思った。
そして、それは誰にも譲りたくはないと。自分だけを見ていてほしい。例えそれが自分の為だったとしても、他の女の子と抱き合ってキスしている姿は、もう見たくないのだ。
本当は、今すぐにでもキスをして、自分のものだと上書きしたい感情もあるが、まだ抱き合う事は出来ても、白羽にキスをする勇気まではなかった。
この独占欲は、何なのだろうと、白羽はつい思ってしまう。けれど、それを否定することもできない。
自分の中で育っていく感情。あたたかいそれを、白羽は今度こそ大切にしたかった。
そうしてどれくらいだろうか、二人はようやく抱きしめ終わると、ゆっくりと身体を離す。
「ありがとう」
「うん、でも、次はないからね」
「ああ、わかった」
おそらく、次に似たような事があったとしても、きっと自分はまた許してしまう。白羽は何となくそう思ってしまった。けれど、それを口に出すことはしない。
しっかりと釘を刺して、簡単には自分から離れないようにしなければと、心の中でそう考えていた。
一度離れてしまった二人の想いは、こうして再び、より強固なものへと至る。
黒栖はもう過ちを繰り返さないと、心に深く刻み込み、白羽は、何があっても黒栖を支えて行こうと、そう思った。
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