011 選択の結果

 自宅を出た黒栖は、現在白羽を追いかけている。 
 白羽を追いかけて、いったいどうするというのか。追いかけないのが正解のはずだと、黒栖は自分にそう問いかける。
 しかし、理性ではそう分かっていながら、実際は逆のことをしている。

 追いかけて、白羽に全てを話さなければいけない。本能がそう訴えかけていた。

 自分がここまで優柔不断ゆうじゅうふだんだとは、思ってもいなかったと、黒栖は自分自身を情けなく思ってしまう。
 最早どちらが正しいのか、今の黒栖には判断すらできない。

 そう考えている間に、黒栖は白羽に追いついてしまった。
 後ろからその手を掴んで、白羽を引き留める。

「待ってくれ!」
「は、離して!」

 黒栖が追いかけてきた事に、白羽は驚きを隠せない。
 咄嗟とっさに振りほどこうとするが、当然抜け出すことはできるはずもなく、次第に大人しくなっていく。

「き、聞いてくれ――」
「今更何を聞くって言うの! キスしていたくせに!」
「――っ」

 黒栖は言葉に詰まる。そもそも、虫のいい話だった。
 白羽は赤く腫れた瞳で、黒栖を見つめている。そこには、怒りと悲しみが混じりあっていた。

「これからはあの子を彼女ヒロインにすればいいじゃない! もう私は関係ないッ!」

 そう言い放ち、言葉を失った黒栖の腕を振りほどくと、白羽はそのまま振り返らずに走り去って行く。
 黒栖は、それを見送った。白羽を救いたいと思っていたが、結局は自分勝手な自己満足に過ぎなかったのだ。
 それすらも、満足にやり遂げることができない。

 デスハザードとして戦っていたとしても、結局は、ただの高校生という事だ。
 黒栖は、白羽と姫紀、どちらも失い、そして、どちらも不幸にしてしまった。
 力と金があるばかりに、選択を楽観視してしまったのかもしれない。

 気がつけば日が沈みかけ、まるで白羽と初めて会話したあの日、茜色に染まる教室のように、周囲を赤く染め上げている。

「……俺は、いったい何がしたかったんだ……」

 そう呟き、黒栖は歩く。あてもなく、ポッカリと心に穴を開けて。
 そして辿り着いたのは、初めてデスハザードを倒した、あの公園。
 ベンチに座り、これからどうしたものかと、黒栖は意味も無く考える。

 頭は真っ白であり、何も思いつくはずがない。
 喪失感。今になって、白羽の事を思い出す。何故、白羽の想いを考えなかったのだろうと、黒栖は思ってしまう。

 過去に戻ってやり直せるならと、そんな事を考える。しかし、仮に可能だとしても、覚醒エネルギーは明らかに足りないだろう。

 それは、姫紀を連れて、自宅に戻った際に試したことで明らかだった。
 黒栖の自宅の鍵は、白羽が持っていた。つまり、鍵がかかっており、その時は姫紀もいたため、自宅に転移することもできない。
 故に黒栖は、その時右手をポケットに入れていると見せかけて、指先だけ転移させた。

 そして姫紀に気がつかれる事なく、自宅の鍵を開けたのだ。
 しかし、そこで問題だったのは、たった指先を僅かな時間だけ、部分的に転移させたのにもかかわらず、莫大な覚醒エネルギーを消費してしまった事だ。

 そう、覚醒エネルギーで既存の能力を拡張し、多様化すればするほど、必要な消費量が増える。
 更に、まるではかったかのように、戦闘で役に立つものほど、その傾向は強い。
 視界を能力で飛ばしている時に、片目だけにして維持するのとは、訳が違うのだ。

 つまり、過去に戻ることは実質不可能という事だった。
 黒栖は、この現実を受け入れるしかない。
 いくら力や金を持っていようとも、どうすることもできないのだ。

 次第に、公園には夜のとばりが降りる。暗い公園を、街灯があわく照らしだす。
 そのまま、公園で朝を迎えるかと、そう思われた時――空間が隔離かくりされた。

「え? ……白羽!」

 その瞬間、黒栖は勢いよくベンチから立ち上がり、白羽に向けて視界を飛ばす。
 そこには、案の定デスハザードがいた。
 自宅に帰っていた白羽は、未だに制服姿で、自分の部屋にいる。

 黒栖はそれを確認すると、躊躇ためらいなく転移した。
 今はどんな事よりも優先されるのは、白羽の命だ。

 そして、デスハザードと白羽をさえぎるように、その場に現れる。

「大丈夫か!」
「く、黒栖君!?」

 白羽は驚くように、黒栖の名を口にした。それに対し、デスハザードが声を張り上げる。

「オ、俺の名はデスハザード! お前の彼女ヒロインを、奪う・・ものだ!!」
「なんだとっ!?」

 その台詞が、いつものとは違った。
 デスハザードは殺すではなく、奪うと言ったのだ。その言葉が、どこか狂ったような、異質な雰囲気を放っている。

「オ、俺がお前を殺し! 白羽を取り戻す! 」

 デスハザードは指差してそう言うと、黒栖に襲いかかった。


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