自宅を出た黒栖は、現在白羽を追いかけている。
白羽を追いかけて、いったいどうするというのか。追いかけないのが正解のはずだと、黒栖は自分にそう問いかける。
しかし、理性ではそう分かっていながら、実際は逆のことをしている。
追いかけて、白羽に全てを話さなければいけない。本能がそう訴えかけていた。
自分がここまで優柔不断だとは、思ってもいなかったと、黒栖は自分自身を情けなく思ってしまう。
最早どちらが正しいのか、今の黒栖には判断すらできない。
そう考えている間に、黒栖は白羽に追いついてしまった。
後ろからその手を掴んで、白羽を引き留める。
「待ってくれ!」
「は、離して!」
黒栖が追いかけてきた事に、白羽は驚きを隠せない。
咄嗟に振りほどこうとするが、当然抜け出すことはできるはずもなく、次第に大人しくなっていく。
「き、聞いてくれ――」
「今更何を聞くって言うの! キスしていたくせに!」
「――っ」
黒栖は言葉に詰まる。そもそも、虫のいい話だった。
白羽は赤く腫れた瞳で、黒栖を見つめている。そこには、怒りと悲しみが混じりあっていた。
「これからはあの子を彼女にすればいいじゃない! もう私は関係ないッ!」
そう言い放ち、言葉を失った黒栖の腕を振りほどくと、白羽はそのまま振り返らずに走り去って行く。
黒栖は、それを見送った。白羽を救いたいと思っていたが、結局は自分勝手な自己満足に過ぎなかったのだ。
それすらも、満足にやり遂げることができない。
デスハザードとして戦っていたとしても、結局は、ただの高校生という事だ。
黒栖は、白羽と姫紀、どちらも失い、そして、どちらも不幸にしてしまった。
力と金があるばかりに、選択を楽観視してしまったのかもしれない。
気がつけば日が沈みかけ、まるで白羽と初めて会話したあの日、茜色に染まる教室のように、周囲を赤く染め上げている。
「……俺は、いったい何がしたかったんだ……」
そう呟き、黒栖は歩く。あてもなく、ポッカリと心に穴を開けて。
そして辿り着いたのは、初めてデスハザードを倒した、あの公園。
ベンチに座り、これからどうしたものかと、黒栖は意味も無く考える。
頭は真っ白であり、何も思いつくはずがない。
喪失感。今になって、白羽の事を思い出す。何故、白羽の想いを考えなかったのだろうと、黒栖は思ってしまう。
過去に戻ってやり直せるならと、そんな事を考える。しかし、仮に可能だとしても、覚醒エネルギーは明らかに足りないだろう。
それは、姫紀を連れて、自宅に戻った際に試したことで明らかだった。
黒栖の自宅の鍵は、白羽が持っていた。つまり、鍵がかかっており、その時は姫紀もいたため、自宅に転移することもできない。
故に黒栖は、その時右手をポケットに入れていると見せかけて、指先だけ転移させた。
そして姫紀に気がつかれる事なく、自宅の鍵を開けたのだ。
しかし、そこで問題だったのは、たった指先を僅かな時間だけ、部分的に転移させたのにも拘らず、莫大な覚醒エネルギーを消費してしまった事だ。
そう、覚醒エネルギーで既存の能力を拡張し、多様化すればするほど、必要な消費量が増える。
更に、まるで謀ったかのように、戦闘で役に立つものほど、その傾向は強い。
視界を能力で飛ばしている時に、片目だけにして維持するのとは、訳が違うのだ。
つまり、過去に戻ることは実質不可能という事だった。
黒栖は、この現実を受け入れるしかない。
いくら力や金を持っていようとも、どうすることもできないのだ。
次第に、公園には夜の帳が降りる。暗い公園を、街灯が淡く照らしだす。
そのまま、公園で朝を迎えるかと、そう思われた時――空間が隔離された。
「え? ……白羽!」
その瞬間、黒栖は勢いよくベンチから立ち上がり、白羽に向けて視界を飛ばす。
そこには、案の定デスハザードがいた。
自宅に帰っていた白羽は、未だに制服姿で、自分の部屋にいる。
黒栖はそれを確認すると、躊躇いなく転移した。
今はどんな事よりも優先されるのは、白羽の命だ。
そして、デスハザードと白羽を遮るように、その場に現れる。
「大丈夫か!」
「く、黒栖君!?」
白羽は驚くように、黒栖の名を口にした。それに対し、デスハザードが声を張り上げる。
「オ、俺の名はデスハザード! お前の彼女を、奪うものだ!!」
「なんだとっ!?」
その台詞が、いつものとは違った。
デスハザードは殺すではなく、奪うと言ったのだ。その言葉が、どこか狂ったような、異質な雰囲気を放っている。
「オ、俺がお前を殺し! 白羽を取り戻す! 」
デスハザードは指差してそう言うと、黒栖に襲いかかった。
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