004 並行世界での戦い

 黒栖、いや、デスハザードの視界には、見覚えのある教室が映り込んでいた。
 茜色に染まる空からは、光が差し込んでいる。

「なっ!?」
「う、嘘……」

 すると、不意に声を駆けられた。デスハザードは左方へと体を向ける。そこには多少癖のある黒髪に、僅かに鋭い瞳をした程よく顔が整っている少年、狭間黒栖はざまくろすと、黒檀こくたんのような腰まで伸びる黒髪に、優しそうではあるが、どこか意志が強そうな双眼をしている少女。天橋白羽あまはししろはがいた。

「俺は……デスハザード、お前の彼女ヒロインを殺す者だ……」

 まるで何かに誘導されるかのごとく、気がつけばデスハザードはそう言葉を口にしていた。
 その場に緊張が走る。

 だがデスハザードは、即座には行動に移せない。
 圧倒的な違和感があったからだ。他者を殺す事への恐怖や、罪悪感、様々な思いが脳内を駆け巡っている。
 そんな事は今までには無い。デスハザードとして異世界におもむいた時には、そう言った感情は全て抑制され、安定化されていた。
 しかし、それが今は無いのだ。

 色々と例外がある。昨日倒したデスハザードの残した言葉。それを思い出し、これがそうなのだろうと、自分の番になってようやくその事に気がつけば、なるほどと納得してしまう。

 しかしだからといって、結果が同じだとは限らないと、デスハザードは思考する。
 現に、自分が現れた場所は通学路では無く、教室なのだから。
 ならば、二つ目の例外、彼女ヒロインでは無く、本来覚醒させるべき相手を殺す事も可能だと考える。

 白羽を殺す勇気は起きず、それこそ無理に動けば昨日の二の舞になると、デスハザードはまずは黒栖を排除する事に決めた。
 並行世界とはいえ自分自身であるし、一度殺しているのだ。抵抗はそこまで感じられない。
 デスハザードは覚悟を固め、その瞬間、黒須の背後に転移し、手刀を突きだす。

「!?」
「……ぎりぎりだったな」

 気がつけば、向かい合う形で黒栖に手刀を止められていた。それも左手だけでだ。
 更に、その身には黄金の光、覚醒エネルギーを纏っている。

 それ見てデスハザードは、自分がどうやら冷静でいたようで、実は想像以上に動揺していたのだと気がつく。
 もしかしたら、自分が倒したデスハザードも同じ状況だったのかもしれないと、そう思ってしまう。

 すると、過去の自分のように繰り出された黒栖の手刀が、デスハザードに迫る。状況の違い故か、その狙いは首であった。当たれば即死は免れない。

 その時、デスハザードはふと思ってしまう。このまま殺されてもよいのではないかと。
 今まで何人も自分は殺してきたのだ。それが自分の番になったのだと。

「くそっ!」
「……」

 だが、結果は違った。
 デスハザードは、黒栖の手刀を左手で受け止めていたのだ。
 そして、驚愕きょうがくしている隙に、黒栖の胴体を蹴り飛ばす。

「ぐぁ!?」

 教室の机と椅子を巻き込みながら、黒栖が床に転がる。

「狭間君!」

 それを見て白羽が黒栖に駆け寄った。
 そして何を思ったのか、まるで盾になるかのように黒栖の前に立つと、両手を広げ言い放つ。

「狭間君を殺さないで!」
「――っ!」

 その一言がデスハザードの心に、深く突き刺さった。
 何故ならば、デスハザードが死を受け入れようとした瞬間、思い浮かんだのが白羽の顔だったのだ。それが思い止まった原因である。
 しかし、現状はどうだろうか、向けられる感情は、敵意と恐れ。

 どうしてこうなったのだろうと、デスハザードは思考する。
 自分を救った存在。それを生き残るために殺さなければならないのかと。
 そんな事はできそうには無く、だからといって今更殺される訳にもいかない。

 故にデスハザードは、その選択から逃げるかのように、白羽を無視して、黒栖に止めを刺す。

「あ……」

 最後にそう黒栖が声を発すると、直後にデスハザードによって首を切断される。
 この世界の黒栖が覚醒エネルギーの扱いをまだ理解しきれておらず、耐久力が低かった事が、デスハザードの勝因だった。

「そ、そんな……」

 白羽が震えながらそう言うと、その場に崩れ落ちる。
 黒栖の遺体は黄金の粒子となり、大多数は空に消え、残りがデスハザードに吸収された。

「……」

 デスハザードは何も言えない。
 今まで気にしてこなかった制限時間が、ゆっくりと迫っているのが感じられる。
 このまま白羽を無視して、時が過ぎるのを待ってもいいのではないかと、そう思い始めていた。

 だが、そこで白羽が不意に立ち上がる。

また・・何もできなかった……彼に似ていた、狭間君を……どうして……」

 うつろになった瞳から涙を流しながら、しばらくそう呟くと、唐突に何かを思い出したのか、白羽の動きが一瞬硬直し、途端に自身を強く抱きしめる。

「な、何で……こんな大事なことを……なら……彼は、黒栖・・君が……」

 明らかに様子がおかしかった。思わずデスハザードが手を伸ばそうとする。だが、最早手遅れだった。

「いやぁああ! 黒栖君黒栖君黒栖君黒栖君黒栖君黒栖君!!」

 白羽は頭を抱え、狂ったように黒栖の名前を連呼し始めた。

「お、おい!」

 デスハザードが声をかけるが、全く聞こえていない。

また会えた・・・・・のに! どうして! 何でこんな……私も……私も殺して! 私も殺してよ!」
「落ち着け!」

 白羽が殺してくれとデスハザードに詰め寄る。しかし、殺す事などできるはずがない。

「……もう、いい」

 自分を殺してくれないと理解した白羽が、ゆっくりとデスハザードから離れるが、死ぬことを諦めてはいなかった。
 白羽が教室の窓に駆け寄よってよじ登る。飛び降りる気のようだった。三階の教室から飛び降りれば、落ち方によっては死に至る。

「おい――やめろ!」

 デスハザードは当然止めようとするが、突然身体が動かなくなった。それは、デスハザードとして強制させられる事項の一つ。対象者を助けてはならない。
 それによって、行動が縛られたのだ。

「待て! 死ぬなぁあああ!」

 必死に叫んだ。死なないでくれと。だが……現実は残酷だ。

 白羽が死んだ。

 帰還の前兆が、その事実を告げていた。


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