002 宿命の始まり

 場が沈黙する。部外者のいない通学路に、黒栖くろす白羽しろはを観察するかのごとく、デスハザードの白い単眼模様が二人を見つめていた。
 それはほんの僅かであるが、黒栖と白羽には永遠に感じられる。

 その中で、黒栖はこの状況に混乱していた。
 目の前のデスハザードはいったい誰なのだと。自分・・がここにいる以上、ありえない事だった。
 しかし、今それを気にする場合ではない。何故ならば、目の前のデスハザードは彼女ヒロインを殺すと言ったのだから。
 つまり、この場合での彼女ヒロインは白羽である。

「ひっ!?」

 その瞬間、デスハザードの姿がぶれるように消えたかと思えば、白羽の首に黒い革手袋の手刀が寸前のところで止まっていた。その手は僅かに震えている。

「くそっ!」

 その動きに全く反応できなかった黒栖は、咄嗟とっさにスクールバッグを投げ捨てると、そのままデスハザードを突き飛ばす。それに対して予想外にもデスハザードが体勢を崩すと、黒栖は白羽の手を掴みそのまま駆け出した。

「……」

 黒栖の背後からはデスハザードによる無言の視線を感じたが、走り続ける事しか今はできなかった。

「はぁ、はぁ、何で彼の作ったキャラクターが?」

 息を切らす白羽が、逃げ込んだ公園の茂みで誰かに問いかけるようにそう呟く。まるで幽霊でも見たように顔色が悪い。

「……あの動き、間違っても単なるコスプレイヤーじゃないのは確かだ。生き残るには奴を殺すか、逃げ切るしかない」
「え? それっていったい」

 黒栖の突拍子もない言葉に、白羽は思わず聞き返してしまう。
 しかし、等の黒栖は至って真剣であり、ふざけている訳ではない。デスハザードが仮に本物であるのならば、それが正しい対処法だった。
 問題は、どちらの選択も今の黒栖では難しいという事。

「だが、戦えば返り討ちになるだろうし、逃げきるのは……不可能だ」

 黒須がそう言い終わるのと同時だった。二人が身を隠している茂みの近くに、デスハザードが突然出現する。

「――!?」

 それを見て声を上げそうになった白羽の口を、黒栖は咄嗟に塞ぎ、瞬時に思考を巡らせるが、戦ったとしても、デスハザードの手刀によって即座に命を刈り取られ、逃げたとしても今のように瞬間移動でやって来る。
 そして、隠れていてもデスハザードは自身の視界に映る空間を歪め、目的の者を探し出すのだ。
 そう、逃げ場は既にない。

「見つけたぞ」

 デスハザードの単眼模様が捉えるように、黒栖と白羽の隠れている場所に視線を向けたかと思えば、デスハザードの姿が消える。
 その瞬間、黒栖の思考は加速されたかのように周囲がスロウモーションとなる。走馬灯なのか、脳内にある映像が流れた。
 それは、大きな砂時計。下部には黄金の光が溜まっており、本能で今まで自分が集めた覚醒エネルギーだと黒栖は理解する。それがきっかけだったのか、砂時計はゆっくりと動き出し、反転した。上部より零れ落ちる黄金の光、覚醒エネルギーは下部には溜まらず、黒栖の身体からあふれ出す。

「!?」
「……ぎりぎりだったな」

 気がつけば黒栖の体は後方を向き、背後から脳天を貫こうとしていたデスハザードの手刀を直前で止めていた。それも左手だけで。
 黒栖の身体は黄金の光、覚醒エネルギーに包まれており、まるで光の精霊が集まっているかのような幻想的でやさしい輝きだ。

 そして黒栖は現状を理解すると、即座に反撃へと打って出る。空いている右手を振るい、デスハザードどの前方に出ている右足を手刀でいともたやすく切り飛ばした。

「ぐあぁ!?」

 デスハザードは悲痛の叫びを上げ、転移で距離を取る。

「ひぃ!?」

 数秒に満たない攻防にようやく思考が追い付いた白羽が、斬り飛ばされたデスハザードの右足を見て悲鳴を上げ、腰を抜かす。
 だが、それを気にする者はいない。黒栖は既に自分が時間制限付きで、一時的にデスハザードの能力を引き出せていることを理解しており、そのリソースは覚醒エネルギーだ。
 ならば短期間で仕留める必要があり、デスハザードに片足というハンデができた以上、勝率は高いと予測できた。

「……」

 しかし、その中でデスハザードは片足で直立しながらも、膝下の無い右足から血を滴らせるそのさまは、不気味な程に静かだ。
 それに対し黒栖は警戒していると、不意にデスハザードがその場から消え去る。だが、それは黒栖も同様だ。
 そして、同時にデスハザードと黒栖が現れると、それは一瞬の出来事だった。

「……やはり、無理だったか」
「ああ、そうだろうな」

 白羽の背後から急襲しようとしたデスハザードの、更に背後から急襲した黒栖の手刀が、その胸を貫く。
 同じ能力である故に、相性が良かった。
 デスハザードの追撃者チェイサーという能力は、対象者の位置を把握することができる。距離があれば多少なりとも誤差はあるが、この距離であれば関係ない。

 そして白羽から引き離すようにデスハザードを黒栖が投げ捨てると、デスハザードはあおむけの状態で吐血した。口元を隠す軍服コートを越えたそれは、周囲に飛び散る。

「……ああ、これも……因果応報か」

 にごった声でデスハザードがそうつぶやき、震える右手で貫かれた自身の胸に触れ、手に着いた血を眺めると、その手は力なく重力に従って再び胸に落ちる。

「そうだな」

 黒栖はデスハザードの言葉に頷いた。因果応報。その理由を最も理解しているからだ。そしてそれと同時に、デスハザードが偽物では無く、まぎれもない自分自身だという事に黒栖は辿り着く。
 そう、並列世界・・・・からやって来た存在という事に。

「俺は、死にたかったのかもしれない……自分が誰だか分からない、親も過去もない。あるのは、異世界の誰かを殺すという役割……俺はいったい何者なのだろうな……」
「俺も知りたいくらいだ」
「そうだろうな、ははっ……」

 デスハザードは苦笑いをしつつ黒栖に肯定する。
 そもそも、デスハザードは誤差のある状態で転移してくる必要は無かったのだ。追撃者チェイサーと時空魔法を併用へいようし、対象者の場所を確認すれば誤差を修正することは容易だったのだから。
 故に、デスハザードは並行世界とはいえ、自分自身である黒栖に殺されるという結果をどこかで望んでいた。

「だがそれも、もう関係ないか……しかし、天橋さんの事だけが、気がかりだ。何故デスハザードを知っている? 幼馴染とはだれだ? そして、俺が殺しに来るという事は……お前は俺の彼女ヒロインなのか?」
彼女ヒロイン? ……私が?」

 目まぐるしく変わる状況について行くことができない白羽は、未だに腰を抜かしながら真っ青な表情でそう言葉を返すのがやっとだった。いや、逆に返事をすることができるだけでもその肝は据わっている。

「ああ、彼女ヒロインを殺す事が目的のようなものだからな……だが、今回は色々と例外があるらしい……次はお前の番だ、お前が自分自身に殺される……それとも、彼女ヒロインを殺して生き延びるか?」
「そんなことは、まだわからない」

 黒栖は明確な答えを出せない。殺されて楽になりたいという気持ちもあるが、今までのように他人をあっさりと殺してしまうのではないかと言う思いもあった。
 そう思考すると、デスハザードの容態が急変し、絞り出すかのように言葉を吐き出す。

「おれも……同じ、事を……言った、ぜ……」

 それが、デスハザードの最後だった。すると予定されていたかのように、その身は黄金の粒子になる。大多数は空へと消え去り、残りが黒栖の体に吸い込まれた。

「これは……」

 黒栖はこの感覚に身に覚えがあった。そう、覚醒エネルギーである。本来異世界で対象の者が覚醒した際に、その余波から集めるものだ。しかし、今回はデスハザードを殺す事で溜め込んでいた分を得られた。それも、本来の方法よりも多い。

「は、狭間はざま君、説明してもらっても……」

 白羽が困惑の末に黒栖にそうたずねた瞬間、二人の視界が暗転すると場所が変わり、消えていたはずの人々が現れる。まるで夢でも見ていたかのように、鑑写しの街に隔離される前と寸分変わらず、その場景はあった。

「また今度説明するよ。じゃあね」
「え? ここは……ま、待って!」

 黒栖は何事も無かったかのようにそう言うと、その場から逃げるように走り去る。
 並行世界という事に対して、もしかしたらデスハザードの出現は一回だけとは限らないと、そう黒栖は思ったからだ。
 それに加え、デスハザードが出現する条件を知っているからこそ、白羽との距離を取る必要があった。しかし、実際にはこれから別の並行世界とはいえ、殺すかもしれない人物とはなるべく関わりたくはないのだ。

「……最悪だ」

 咄嗟とっさに黒栖の口から出た言葉。現状対しての暗く重い、絶望に満ちたものだった。


目次に戻る▶▶

ブックマーク
0

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA