「えっ……」
不意に背後から貫手による攻撃を受けた少女は、僅かに声を漏らした。その貫かれた個所は確実に少女の心臓を捉え、死に至らしめる。
「ゆ、ユリス!」
突然の出来事に少年は声を上げた。しかし、攻撃した何者かの姿は既に見えず、打ち捨てられた少女が崩れる直前で、少年はなんとか少女を両手で受け止める。だが少女に息は既に無く、夥しい出血量が少女の死を物語っていた。
「……うそ、だろ……なんで、どうして! 一緒に魔王を倒そうって約束したじゃないか!」
少年は少女の亡骸を抱きしめて、悲痛の叫びを上げる。そんな少年の元に、一人の男が唐突に何もない場所から姿を現すと、まるで焚き付けるかのように少年に向けて、こう口にした。
「お前の彼女は、俺が殺した」
「――っ!」
少年は男に憎悪の怒りを向けると同時に、その姿を見て驚く、何故ならば、男の姿は黒い軍服に軍帽、口元まで隠す軍服コート、そして、黒い布で両目を覆い、その中央には特徴的な白い単眼の模様。異様だった。少年のいる剣と魔法の世界では、場違いとも思える姿。
「覚醒しないか……」
「く、くそぉおおお!」
その瞬間、少年は自らを鼓舞するように叫びながら剣を抜き、男に斬りかかった。手に持つ剣は聖剣であり、目の前の男のような邪悪に属するであろう者ならば、ひとたまりもない。そのはずだった。
「お前の彼女に対する想いは、この程度か……」
「なっ!?」
男は少年の振るう聖剣をいとも容易く、黒い革手袋で掴むように受け止めていた。そこには一切力が加わってはいない。そして少年の聖剣は、まるで中身の無い骨を潰すかの如く、簡単に砕け散ってしまう。すると男はそれを見て、落胆したようにゆっくりと口を開く。
「……残念だ」
目的を既に終えたのか、男は砕けた聖剣を見て震えている少年に興味を無くし、その場から踵を返して歩き始めた。
「そ、そうか……お前が魔王。勇者が育つ前に殺しに来るとか……聖剣もこんな……反則だろ……」
少年の嘆きのような言葉を聞いて、男は足を止める。そして少年に振り返ると、まるで何度も似たような事を口にしてきたかのように、慣れた口調でこう言い放つ。
「俺は魔王でなければ、お前の物語とも関係はない。俺の名はデスハザード、彼女を殺す者だ」
「なっ……」
少年がその言葉に対して呆気にとられると、デスハザードと名乗った男はそれを気にも留めず、再び背を向けて歩き出す。そして、デスハザードは空間が歪むのと同時に、その場から瞬く間に消え去るのだった。
◆
放課後の教室で、多少癖のある黒髪の少年が無気力に机へと突っ伏す。その顔立ちは程よく整っており、僅かに鋭い瞳も相まってどこかクールな印象を与えている。彼の名は、狭間黒栖。そんな彼は他人の不幸によって、自分の生活が成り立っていることに苦悩していた。
だからだろうか、黒栖は自分が幸せになる資格は無いと思っている。たとえそれが望まずに行っていることだとしても。
「狭間君。今日も一人で残っていたの?」
「ん? ……天橋さん」
茜色の光が教室に差し込む中、黒栖にそう声をかけてきたのは、同じクラスの天橋白羽。彼女は黒檀のような腰まで伸びる黒髪をなびかせながら、少し前かがみになり、人形じみた整った顔で黒栖を見下ろしている。
その時黒栖の目線の高さには、白羽の腕を組めばそこに余裕で乗りそうな胸があった。
「あ、ああ。そうだけど」
若干どもった黒栖の返事に、白羽は嬉しそうに笑みを浮かべた。
「丁度よかった。なら一緒に帰らない?」
「……え?」
突然のお誘い。異性との下校、それもこの高校でも容姿では上から数えた方が早い人物。その幸運に、黒栖は躊躇ってしまう。しかし、そうして悩んでいると白羽がどこか不安そうにするので、黒栖はそれを見て心が少し痛む。
「じゃ、じゃあ一緒に帰るか」
「うん!」
悩んだ末に黒栖はそう答えた。すると、白羽はまるで花が咲くように笑みを浮かべる。それを見て、断らなくてよかったと黒栖は思うのと同時に、了承したことによる自分の幸福に対して心を痛めた。
そう、どちらにしても黒栖は心を痛める結果となったのだ。
学校からの帰り道、二人に会話らしいものは無い。そんな雰囲気の中で黒栖は今更ながら、何故白羽が自分を下校に誘ったのだろうと考えていた。それに教室では、今日も一人なのかと声をかけられた事も気がかりだった。まるで、何度かその状況を見ていたかのようであり、もしかしたらと考えてしまう。しかし、それは自意識過剰だと、黒栖は直ぐにその思考を飛ばす。
そもそも、自分と白羽には下校を共にするような接点などは無い。では何故だろうと、黒栖の思考は繰り返される。
「ふふ、私が誘ったのがそんなに意外だった?」
「え? いや……ああ、そうだな」
不意にかけられた的を射た言葉に、黒栖は驚くと同時にそこまで顔に出ていたのかと、自身の顔に軽く触れながら苦笑いをした。
それがおかしかったのか白羽は笑みを浮かべると、次に驚くことを口にする。
「以前から黒栖君の事が気になっていたの」
「え?」
まさかの告白だった。どうして? 何故? という思考が黒栖の中で生まれる。何故ならば、普段黒栖はクラスでは常に一人で、友達はおろか話し相手もいない。とてもではないが、惚れられる要素が無いと、黒栖本人はそう思っている。
しかし、次の言葉で黒栖は現実に戻された。
「だって中学校の時一緒だった幼馴染に、どこか似ているのだもの」
「へ? そ、そうか。幼馴染に似ているのか」
こんな事だろうと思った黒栖は、若干落胆するも、逆に愛の告白などされなくてよかったと心から思った。
「因みに、どんなところが似ているんだ?」
気になった黒栖がそう聞くと、白羽は嬉しそうに話し出す。
「何と言うか、雰囲気? うーん。理由では説明できない直感的なことなんだけど……」
「そ、そうなのか」
その説明に多少疑問を感じつつも、黒栖はその幼馴染という人物が気になり始めた。
「うん、まるで彼と彼の作ったキャラクターを足したような感じ」
「キャラクター?」
キャラクターという言葉に何故だろうか、黒栖はどうしようもない違和感に襲われる。
「そう、そのキャラクターと言うのを、彼がよく見せてくれたの」
「へぇ……それっていったい」
まるで、時がゆっくりに感じられる。何か越えてはいけない線の上に立っているような危うさが、黒栖の中で込み上がって来た。
「デスハザードって言うんだけどね、それが――」
その名を口にした瞬間、この世界も一線を越えてしまった。
「なっ!?」
鑑写しのように空間が隔離されたのか、人々だけが消え去り、その場には黒栖と白羽が取り残される。そして、それは空間の歪みと共に現れた。
「う、嘘……」
白羽が咄嗟にそう口にする。目の前に現れた存在は、黒い軍服に軍帽、口元まで隠す軍服コート、そして、黒い布で両目を覆い、その中央には特徴的な白い単眼の模様。
「俺は……デスハザード、お前の彼女を殺す者だ……」
デスハザードと名乗った男は、濁ったような声色でそう言葉を口にした。
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