空き缶を蹴飛ばせば世界は終わる。

 それは、雪の降る寒い日だ。

 俺は苛ついていた。バイトの面接には落ちるし、停めていた自転車は盗まれ、しまいに犬の糞まで踏む。

 泣きっ面に蜂とはまさにこのことだ。

 だから、転がっていた空き缶を何となく蹴飛ばしてしまった。

 今日はついていない。不幸だ。なのに、空き缶を蹴ったのだ。

 その答えは、決まっている。

 世界は終わりを迎えた。

「――ッはぁ!?」

 それは夢だった。

 スマートフォンを見れば、午前八時。

 そして日にちが変わったことにより、自動的にバイトの面接に落ちたことを意味する。

 受かれば昨日の日付の内に連絡が来ることになっていた。

 通知は当然無し。

「はぁ……」

 思わずため息が出てしまう。

 眠る時間帯まで連絡がないという時点で、落ちることは何となく分かっていた。

 しかし、もしかしたらと思ってしまう俺がいたのも事実だ。

「めし、買いに行くか」

 適当に支度を整えて、自転車に乗ってコンビニへと向かった。

 コンビニに入ると、今日は何にしようかとぼんやり考える。

 だが、ふと思い出す。

 夢の中で自転車を盗まれたことを。

「あっ……嘘だろ」

 コンビニのガラス越しに見れば、今まさに十代後半の少年が俺の自転車を盗み去っていく光景が目に入った。

「はぁ……」

 夢で見たにもかかわらず、盗まれたことに俺は落ち込む。

 まさか、現実で起こるとは思わなかった。

 鍵のついていない中古の格安自転車を購入したのが悪かったのか。

 それともまさかこんなオンボロを盗むやつはいないだろうと安易に考えたのがいけなかったのかと、頭の中で思考が巡る。

 だが、現実は変わらない。

「ついてねぇ……」

 一人ごちると、適当にコンビニで朝食を買いそろえて歩いて帰る。

「うげ!?」

 自転車を盗まれたことで頭がいっぱいだったからか、道端に落ちている犬の糞を踏んでしまった。

「嘘だろ……」

 これも夢に出てきたことだった。つまり、次は空き缶だ。

 犬の糞を地面にこすりつけて落とすと、予想通りしばらくして、夢に出てきた空き缶が現れる。

 これを蹴ると、なんやかんやで世界が終わるらしい。

 意味が分からなかった。

 しかし、ここまで夢の内容が続けば、心情的に回避したくなる。

 俺は空き缶を拾うと、近くの自動販売機の横に設置されているゴミ箱へ空き缶を捨てた。

「……これで、世界が救われればいいな。はは。俺は救世主ってか?」

 中二病のように俺は呟き、再び歩き出す。

 たかが空き缶を蹴飛ばす小さな悪行でも、奇跡的な連続で大きなことに繋がるかもしれない。

 逆に考えれば、小さな善行でも奇跡的に繋がるとすれば……。

 明日は良いことをしよう。

 そう、考えることにした。

 そして次の日、道端で倒れているお年寄りを偶然発見する。

 当然、助けた。全力で助けた。

 俺は、この小さな善行がきっと大きなことに繋がると信じている。

 だから、その時名前もあえて告げなかったのだ。

 それから一週間後、助けたお年寄りと偶然にも再会する。

 俺は心の中でお礼を期待していた。

 しかし何の因果か、お礼に渡されたのは缶ジュース。

 それも、俺が蹴っ飛ばそうとした空き缶の缶ジュースだった。

「まあ、そんなうまい話はないよな……ってまず! なんだよドリアンウニ納豆味って……」

 あまりの不味さに投げ捨てようと考えてしまったが、思いとどまる。

 俺は意を決して一気飲みすると、空き缶をゴミ箱に捨てた。

「あ、明日は、明日こそは良い日に違いない……」

 そう自分に言い聞かせた。

 END


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