サブヒロインのその後を考えたら悲しくなった。

「完結した……くそがッ!」

 俺は嘆くようにそう叫ぶと、手に持った漫画本『モブの俺が高根の花を振り向かせたくて』の12巻を床に叩きつけた。

(王道恋愛漫画だもんな。ヒロインと結ばれるだろうとはわかっていたけど、主人公をずっと支えてきた幼馴染が報われない)

 そう、俺がこうも憤りを感じているのは、一押しのキャラだったサブヒロイン、幼馴染があまりにも報われなかったからだ。
 主人公を支え、ヒロインと付き合うためのアドバイスや、何かと起こる騒動に対してのサポートしたりなど、とても健気なキャラクターなのだ。

 さらに、物語での出現率は非常に高く、下手をすればヒロインより出番が多いのではないかと思ってしまうほど。正直、最後にどんでん返しで幼馴染が選ばれると、俺は最後まで思っていたが、11巻で幼馴染と非常に良いシチュエーションだったのにもかかわらず、主人公は幼馴染を振ったのだ。その時、幼馴染が笑顔で涙を流しながら、『やっぱり私じゃだめだよね。わかってた』と言っていたのが今も忘れられない。

(今思えば、11巻で幼馴染のフラグは完全に潰えたんだろうな。それでも、もしかしたらって思っていたのに……)

 そして物語は無事に、困難を乗り越えた主人公とヒロインが結ばれてハッピーエンドで終わった。最後には幼馴染が二人を祝福していたことに、どこか俺は心を抉られたような気持になったが、それを見て俺は、ふと思ってしまう。物語のその後、この幼馴染はどうなってしまうのだろうかと。

(普通は、主人公ではない別の男と結ばれていくんだろうな……はぁ、嫌な気分だ)

 俺は、主人公に自己投影してしまうタイプの人間だった。だからこそ、自分の一押しだったサブヒロインのその後を考えると、絶望したような気持になってしまう。

(漫画のキャラクターに、こんなことを思っても仕方がないってわかっているのにな……)

 終わってしまった物語がくつがえることはない。なら二次創作で幼馴染ルートを作ることができたのならと考えるが、自分に絵や文才はなく、とてもではないが自らの手で二次創作を手掛けることはできそうになかった。

 ならば、ネットに自分と同じことを思い、幼馴染ルートを二次創作している人がいるかもしれないと、ネットの海を探し回った結果、見つかったのはどれもR-18指定のものだけだった。

(違う! 俺が求めているのはこういうのじゃない!)

 求めていたのは、健全で幼馴染が幸せになれるような、そんな二次創作。だが、そんなものは存在しなかった。

 ◆

「というわけなんだよ。サブヒロインの幼馴染が報われないと思わないか?」

 俺は後日、この作品を最後まで読んだという友人に、思ったことをぶちまけた。それを聞いた友人は、喫茶店で出されたコーヒーを一口飲むと、ゆっくりとこう口にした。

「それって、お前のエゴなんじゃないか?」
「え?」

 俺の反応に、友人はどこか呆れたようにため息を吐く。

「いや、だって幼馴染は振られたことを受け入れて、それを乗り越えたのに、その気持ちを否定する方がかわいそうだと思うけど」
「それは、そうかもしれないが……」

 正直、そこまで言うなんてあんまりだと思ってしまった。

「それに、主人公はヒロインのことを一途に思っていたんだよ? 途中で幼馴染に鞍替えしたら、それこそ軽薄だと思うけどね」
「確かに、一理あるかもしれないけど、ずっと主人公を支えてきた幼馴染があまりにかわいそうでさ……」

 俺がそう口にすると、友人の笑みを引きつる。まるで心底呆れたように。

「はぁ、本当によくそれを、幼馴染・ ・ ・である私に言えるよね。それを分かっててなぜ、私を選ばなかったし……」
「え? 今なんて?」
「何でもない」

 友人が何かを言っていたが、小声でよく聞き取れなかった。

「まぁとりあえず、今は漫画のことについて、納得はしていないけどそう思うことにするよ。それで、そういえば聞いていなかってけど、今は何をしているんだ?」

 元々友人に会ったのは漫画のためではなく、こうして久しぶりに会って話をしないかという理由だった。

「やっぱり知りたい? いいよ、教えてあげる。私は今、彼氏と同棲しているんだ」
「へー。そうなのか」
「なんとも思わない?」
「ん? 何がだ? お前がいいと思った奴なら大丈夫だろ?」
「はぁ、ほんとにお前というやつは」
「?」

 友人が何を言いたいのかよくわからなかった。無事に彼氏ができたのならいいじゃないかと、そう思ってしまう。

「はぁ……冗談だよ。男なんてしばらく考えられない」
「なんだ、冗談か」
「ああ、冗談だよ」

 それからしばらく、友人と他愛無たわいない会話したあとに別れた。しかし、最後に友人の残した言葉が、何故か頭から離れない。それは。

『きっと漫画の主人公も、幼馴染に恋人ができたとしても祝福してくれるんじゃないのかな? 祝福された幼馴染は、案外複雑な気持ちになっているかもしれないけどね』

 そして、それと共に手渡された本を見る。タイトルは、『異世界転移した俺の、上手なハーレム運営の方法』だった。

「ははッ、まさかな」

 そう呟いて、俺はその場を後にした。


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